涙は、移ろう季節のように


 ナイフを入れれば弾力の抵抗。

 鉄板の上にある牛肉の塊は、食欲への狂気だ。

 香り立つバターと、幾つかの香草。それらは牛肉の中で閉じ込められ、焼かれて滲み出す肉汁と脂への期待を高めている。

 いや、それがメインであり、全てをひとつに纏めているのだ。

 じわりと柔らかな断面が、火入れでより美しく輝いてみえる。

 するりと手にしたナイフを押し入れば、埋もれるように入り込み、じゅわっと肉汁を溢れ出させる。

「……ぉぉ」

 それはまるで熟れた果物に刃物をいれるかのよう。

 じゅわっと溢れ出る匂いに、セレンの限界はそこで切れてしまっていた。ナイフでするりと裂いて、フォークで口に運ぶ。咀嚼する前から滲む肉汁と脂。歯で噛めば更にじゅわっ、と口どころか喉の奥にまで暴力的な味と匂いが響き渡る。

「っ……っ……」

 舌は、もう美味の嵐。

 何がどう美味しいのか判らない。付け合わせのジャガイモとニンジンのソテーを口に放り込み、近くのクルミの入ったパンを囓っても、まだ肉汁の美味しさが染み渡り続けて、消えないのだ。

 それどころか、パンを焼く際に練り込まれた蜂蜜が、異なる味覚を刺激して、より加速させる。ナイフ、フォーク。縦と横に走って口に放り込まれていく肉の塊。鉄板の上の野菜。

「……っ……ぅっ……」

 そして、その熱せられた鉄板の上に落ちて、じゅっと蒸発したのは、透明な涙だ。

 美味しい。五感、舌への味という優しい蹂躙。

 どのようにと考える暇もなけれは、必要もない。塩味、甘み、苦みは旨味となって、コクへと絡まっていた。

 とは判る。判るが、美味しさに思考が焼き切れている。

「い、生きて……生きていて、よかった……ぁっ……!!」

 言葉は捻り足すかのようで、そのままパンを割ってかじりつくセレン。クルミのはいったパン。がりっ、と砕いた感触が、自分が生きている。

 そして喜んでいると、五感を直接殴られるようにかんじていた。そのまま、舌が熱くて、冷製のジャガイモのスープに。スプーンですくうなんてできず、皿に口を付ける。

「セレンって、お嬢様じゃなかったっけ」

「……んっ……う、うま……産まれはっ……っ……」

「まずは食べろよ。口の中のをせめて、呑み込んでから」

「それ、だと……しゃべれないっ」

 凄まじい勢いて皿の上の食事が、セレンの胃袋へと収まっていく。美味。美味。鉄板で焼けて弾ける脂は聴覚、そして嗅覚。野菜やスパイス、香草はそのまま繋げて嗅覚から味覚。口の中では様々な素材が、自分の食感と持ち味を披露し続けている旅芸座の披露宴のようだ。

 元々、貴族の血は引いているが、産まれは平民。テーブルに出される食事の美味しさに、セレンは身も心も奪われるように、そして、奪うように口に放り込んでいく。変わり、ぼたぼたと涙するのは、常ならぬ苦労の末に辿り着いた結果だ。

 作法。死にかけた後に食べる、しかも、産まれてはじめての美味しさに、そんなものは吹き飛んでしまう。

「まあ、午後は午後で、リゼ様の不機嫌な特訓に付き合わされていましたしね」

 こちらは上品に、新鮮な魚の切り身を口に運ぶヒビキ。皿に綺麗に盛られていた半分ほどを、セレンのナイフが串刺しにして口に放りこんだが゛、苦笑するだけだ。何時もはそういうものに厳しそうなのに、礼儀や食事のマナーを口にしない。

「本当、生きているもんたな……」

「リゼ様が連れてくる位ですから。もっとも、リゼ様はクレリア様がいなくなって、不安からか苛立ちからか、大分、午前より厳しくなっていまたけれど」

「天才、それも感性、感覚型っていうのは、どうしようもないな……」

「ええ……苛立った理由の一端を担う身ですが、あれは」

 遠い視線を投げかけあうヒビキと、茶髪の少年。透明な刀身を持つ刀を振るっていた彼もまた、セレンにパスタの乗った皿をまるごと奪われたが、溜息のひとつもない・

「いいか。落ち着いて食え。セレン、今のお前の料理を、誰も取ったりしない」

「!!」

「喉が乾いたり、詰まったら木のコップを差し出せ。何かついでやる」

「!!!」

 良い奴。優しい。青い瞳は食欲に支配されながらも、茶髪の少年――アヤトを見つめた。ほんの、一瞬。

 そのまま空になった皿を積み重ね、別の皿を引き寄せる。同時、茹で上げられた蟹の足を引き千切るようにして数本纏めて奪うと、殻を割る為の小ぶりなハンマーを取るのが面倒と言わんばかりに、木製のコップで強打。砕け散った殻を見ながら、コップの中身の葡萄のジュースを一気に煽る。

「飲み物っ」

「はい、はい……いや、生き残れて良かったな」

 差し出されたコップに同じく葡萄のジュース注ぎ込みながら、アヤトは呟くように口にする。

 殻をはねのけ、露わになった蟹肉に食いつくセレン。そのまま涙を堪え、讃えて、身を震わせる。

「んっ……美味しい。生きているって、食べる為にあるんだね。あのリゼの剣の怖さとか、そんなものはこの美味しさの前なら霞むっ」

「お前、何言っているか判っているか」

「判らない。ただ、美味しいものがあるという事だけが判ることっ」

 そのまま皿を重ねていく。僅かな間に五枚、十枚と大皿がセレンの座るテーブルの横へと積み重ねられていく。

「出来るまて繰り返しとか。何度か死にかけたとか。太刀筋が本の頁何冊分違う、狂っているとか。狂っている人しか判らないよっ」

 だんっ、とハンマーの代わりに蟹の甲殻を砕いて抗議をあげるコップ。

「動きの精度? 緻密さ? 早さと軸のバランスの動きの連動? 言っていることは判るけれど、どうしろっていうのかな。うん、こう、って見せられても判るわけないじゃないっ」

「それである程度憶えられたセレン様もセレン様かと」

「カウンターが得意と言われても、そのカウンターにカウンターを刺される気持ちになってよ!!」

「本当に刀身が刺さっていたからな。肌一枚分とはいえ。で、続けるセレンもセレンだ」

「全く、バケモノばっかりで……あ、これ美味しい。元々の数の三倍、追加っ、お姉さんお願いしますっ」

「で、今食べていたキャッシュは実はサラマンドの尾の挽肉という、ある意味バケモノ、別の意味で稀少な美食食材なんたが」

「ん、料理は美味しいかどうかだよ?」

「…………」

「…………」

「ん?」

「程度を知らない、のはリゼ様だけではありませんね」

 セレンは聞く耳持たず。

 気付けば、凄まじい勢いで皿をたいらげていくが、それに合わせてセレンと、ヒビキとアヤトが注文を繰り返す。

「この店は美味しい代わりに、量が多くて安いからな」

「まあ、隠れた名店。というよりは、危ない人がよく来るからというのもありますけれど……安いのも、一見さんお断りの、材料は自分達で持ってこいというのが」

「ああ、サラマンドラを地下迷宮で狩って来て欲しいとか。新種の蟹をとか。依頼という形で出されて、断ったら次からいれてくれないしな……」

「料理のお好きなご夫婦で経営されていますからね……ああ、でも、このお蕎麦は、故郷の味にて好きで御座います」

「……実際にはそれによく似たもので、それも地下迷宮からか」

「食べる際は苦しい事は忘れてしまいましょう」

「だな」

 いまた涙もとまらないまま、フォークでカットされた野菜を拘束で串に連ねるように連ねてかぶりつくセレンを見ながらの二人。

 共に、東方諸島に出身を持つ――少なくとも、家の産まれはそうである二人だ。ヒビキと違い、故郷の味というものが判らないアヤトも、また蕎麦なるものを啜る。

 実際、今日のリゼはとても、揺らめいていた。

 苛立っていたし、不安だったと思う。それがリゼを連れてきた理由なのだろう。あれはあれでどうしもようもなく愚かだが、感覚と感性は鋭い。それがどうしようもない愚かさに嵌まっていくのは知っていた。

 変わろうとする。変わりたいと思う。

 なのに、今、という状態が幸せだと気付いて、恐れていた。

 というのは、きっと本人と、クレリア以外が気付いていた事だろう。巻き込まれた側としてはたまったものではないが、迷うからこその、なりふり構わずの一途な疾走は見ているだけで心を揺らされる。

 そんなリゼの焔剣の舞踏。

 速度、鋭利さ、苛烈さ。魔術を絡めて使って見せた対ゴーレム戦など、苛立ちをぶつけるような手抜きだ。自覚の有無は抜いて、苛立ちをの焔の揺らめきをぶつけていたに等しい。

 だからこそ、余裕がなくなれば徹底した技の冴えだ。感性と感覚でその手の基盤と基本を体系論として構築していない以上、リゼの剣は、リゼにしか扱えないし、理解出来ない。

 それこそ紙一枚の太刀筋のズレは狂いと認識して、間違いだと感じる。その理由を修正し、元に戻し、更に幾度と繰り返していく緻密さと、その中で高まっていく動きの精度。指の力のかけかたひとつで変わるのだという。判らなくて当然だ。

 だが、そこから学ぶ事は出来る。出来てしまう。

 同じく天才は、異才の理想から、自分の色彩と技を見つけてしまうのだ。それは決してセレンのみに言えた事ではないだろたが。

「結局、賢者というモノの候補生、か」

 クレリアという師を持つ、リゼという鬼才に見いだされた少女、セレン。まだ何も学んでいないとも言えるから、その先は判らない。

 ただ過酷な試練の辛さは滂沱と流れる涙と、食事という生きがいに注がれている。仕方ない、と自分達の料理を奪われながら嘆息するヒビキ。

「……クレリア様持ち、ですから、考えなくていいのは嬉しいですね」

「幾ら掛かるかは知らないし、どうせ、リゼかこないから、クレリアもこない」

「あのふたりですし」

「あのふたりだしな」

 もう一度、嘆息。出来れば行かせる、とクレリアは言っていたが、クレリアがいかなければリゼはこない。あのふたりは互いが影のように寄り添いすぎている。

「――んー。でも、リゼ、それでいいとは思ってないよ」

 パンを毟りながら口にするのはセレンだ。一応は聞こえていたのだろう。

「クレリアさんの傍にいたいのが願いなのは判る。でも、同じ、では嫌だし、奪うのは嫌いって」

 貰うばかりは奪うのと変わらない――それを。

「奪う、か」

「まったく、あのおふたりは」

「リゼの方を煽った方が楽しそうだよね」

 一息、ようやくついたのか、涙を拭いながら、パンと飲み物を交互に。合間に言葉を投げていく。

「クレリアさんって、私から見ると遠すぎる。お月様見ているみたい。だから何をしても届かないし、響かない。届かせて、響かせて、揺らせるのはリゼぐらい。だから、リゼという焔を揺らす方が、きっと、いい」

「それは――」

「知っているよ。多分、マトモな事にならない。でも、あの二人、とても幸せそうなのに、悲しいもん」

 そういいながら、先ほど注文したものを、全て同じ量だけ注文するセレン。さらりといって、受け付けた情勢もさらりと受けるものだから流してしまいそうになるが、積み重なった皿の量はもう半端なものではない。

「お昼食べてなかったしね。甘いようなも、切ないような。木漏れ日の中で、胃もたれ感じて。ああ、遠いなって思ったね。リゼにはまだ届くけれど、それは空を舞う蝶に。クレリアは月。地上を歩いている身としては、だねぇ」

「…………」

「だからさ。歓迎会でもこなくてもいいって思う。何かのキッカケがあれば変わる二人なら、変わって欲しい。リゼだって、多分、月に届く蝶だもの」

「まるで、龍の話のような事で御座いますね」

「んー……まあね。でも、ふたりとも寂しそうって思ったのは本音だよ。私か言うなっていうのはあるのだろうけれど」

 そうだ。

 クレリアは月に届く程の才と能力がある。

 それに比肩する程だとリゼがいたとして――それでも、リゼというひとりの少女の為に生きている青年のようで。それは可笑しいとアヤトも思うのだ。

 恋している。愛している。そうとしか見えないのに、致命的に食い違って、それが奇跡的なバランスで整っているからと、今に続いている。

 リゼは強い。リゼは賢い。リゼは鋭い。

 セレンから見たリゼはそうだ。なら、リゼにそう言われているクレリアはどうなのだろう。

判らない。きっと、月の大きさを知ることは出来ないのだから。

「でも、きっと壊れるんだろうなぁ」

 それは予感だ。

 強すぎるということは、孤独を産むのだから。

 再び出て来た鉄板と、その上のステーキ。即座にフォークを握るセレンだが。



「壊れているなら、もう一度壊れてしまっていいのではないでしょうか」




 ぞくっ、と背筋が震えた。


 くすくすと、後ろから聞こえた声。

 可憐で、優しく、柔らかい少女の笑みだ。 

 そこに含まれるものに敵意や戦意、硬いものなど何もない。

 だというのに、どうして。

 どうして、関わってはいけないセレンは感じたのか。



 溜息はヒビキからだ。

「ユヅル。あなたという人は」

それは悪戯を咎める姉のようなもので、決して強い棘や忌避感はない。

アヤトにしてもやれやれという顔をしている。

 では、振り返った時に見る顔はどんなものだろう。


 多分、天敵なのだ。


 セレンという魂にとっての天敵。それが、後ろで笑っている。

「壊れて、しま、えばいい?」

「ですよ。アレは悲しいじゃないですか」

 それは決して真似出来ない。

 仮面なんてない。演技はない。何だ、これは。

――全てが本音という響きが声にある。

 真実、己しかない存在の塊。彼女の類似品など、何処にもない。

 たんっ、と足音。くるりとターンしながらテーブルを回る。長い、ポニーテールに結われた金色の髪の毛が流れ、濃い茶色の瞳がセレンを見つめる。

回る、廻る、舞う。くるり。

「だって――泣いてしまった方が楽な時はあるのですから」

 髪の色と衣装は西方の。それもセレンと同じく、ハイランドの少女用の騎士装束。ただ、顔立ちはテーブルに並ぶヒビキとアヤトに似ている。

 東方出身の血を濃く受け継ぐのだ。すらりとした四肢、整ったのに決して印象の強くない美貌。

 けれど、それらを全て忘れてしまいたくなるような、真実ばかりを浮かべる眸。嘘と演技なんて、弱者の特権たと微笑んでいる。

「ふふふ。私はユヅルです。どうか、宜しくお願いしますね」

 手元で口元を隠して笑うのは本物の貴族の令嬢のようだ。

 だからこそ思う。判る。セレンの天敵なのたと。似ている。血筋が違う。本流ではない。真実と嘘、重心を見抜く眸が。

 勝てない。

 実力が見えてしまうから。

 同種同類にして、真逆の性質なせいで、何一つ勝てないイマが判る。絶望。いいや、絶壁じみたもの。リゼやヒビキはまだいい。違うものだと笑っていられる。

 

 だが、セレンとこのユヅルの差は、ただの実力差なのだ。



「とと、ヒビキ様。折り入ってご相談が。次の継牙の儀と、その選別の件ですが」

「――確か、全て。『逆理』の方に任せていましたね。成る程」

 頷きながら、視線を流すヒヒキ。

「だから、アナタが来ましたか。『逆理』。残念ですね、リゼ様もクレリア様もいませんよ」

 ゆらりと、するりと。

 それこそ天敵がいたから、などでは理由にならない何かが動く。

 それは雪のように白い青年だった。美しく、気高く、そして、強くしなやかな。

 例えるなら巨大な狼。静かに、雪のように白い髪の青年が、視界にいた。いたのた。雪に紛れ、隠れていたように。目で見ているのに、気配は感じない。

「それは残念だ。手足を潰されたカリは返したいか」

「次は内蔵の幾つかを覚悟してくださいませ。心臓やもしれまぜん」

「その方がいい。手抜きされて、手足を潰されて終わったなど、恥だ」

 顔には入れ墨。額から頬、喉。そして腕の先端、掌まで施されたのは、北方の狩猟民族のだ。

 筋肉質の身体は、しなやかさと強靱さを奇跡のようなバランスで成立させている。狩り、いや、殺しあいの為に磨き上げられたものだ。

「恥は返さねばならない」

 声は静かだから、余計に判らない。

「どちらが上かと、『焔蝶』とも剣は交えたいしな」

「だからクレリア様が珍しく動いたのでしょう。あなたはタチが悪い。クレリア様がその名、『逆理』を授けた程に」

 その名は剣の館の、上位三名のだ。

「ね」

 だからだろう。

 美しい白き戦の化身。そんな青年に、問い掛けていた。


「――きっと、リゼを傷つけられたら、今のクレリアさんは、怒るよ」


 それは、直感。天敵を前に急速に、それこそ跳ね上がったタレントのブルーム。

これが手足を潰されたという。けれど、クレリアがそんな怒り方をするのか。いいや、リゼの為にという彼は、きっと。きっと。

 魂は加速する。自分のもとめるものを。自分だけのものを。

 セレンにとって、それをただ乱雑に扱われたら――クレリアでなくても。ああ、そうだ。セレンが泣き叫ぶ事を知らない以上、剣を振るったように、



「我慢して、手足だったんだね」

「――ああ。だから、恥だ。足は三度砕かれた。再生させればすぐに。腕は五回か。最後は剣を握る手首を踏み砕かれたよ」

「クレリアさんならしそう。困った顔して」

「…………」

「だから、『逆理』なんだね。クレリアさんから見て、理に反してでも、逆らってもって」

「ほう」


 氷のような瞳がセレンを見つめた後、テーブルにあったナイフを、皿の上の肉へと突き刺す。

 それは速く、怜悧。するりと流れた動きは洗練され過ぎていて、その切っ先が自分だったら死んでいただろうと、その場のひとり以外に思わせるもの。

「セレン様」

 自分なら避けられる。だが、理に真っ向から逆らうから、彼なのだ。

 やめろと、唯一、切り結べるヒビキはセレンを止めようとするが、セレンのナイフが、煌めいた。



「これ、私のステーキ。取らないでよ。大事なものは、人によって違う。違うけれど。相手にとって大事なものは尊重しないといけない。だから、クレリアさんは、きっと、怒る」



「…………」

 世界の中から選ばれた賢者候補生という最高峰の園。その中で最強の座を奪い合う剣士――それが『逆理』。

 武という一辺でみればリゼ以上のソレに、セレンは叶わない。それでも口にする。

「あなたは、まだ、クレリアさんを怒らせた事かない。怒らせられない。その程度だから、理に逆する、といわていれる」

 くすりと笑う気配。

 それは天敵であるユヅルか、そうですねぇと頷くようて。



「きっと――あなたは、リゼとクレリアを怒らせたら、死ぬよ」


 クレリアが怒ると、リゼも怒るのだ。

 リゼが怒ると、クレリアが怒るのた。


 



 そんな当たり前にならないように、バランスを取り合っていたふたり。

 それが、今はいなくなった気がした。

 いいや、そのバランスが崩れた気がしたのだ。



 本と、ナイフが墜ちる瞬間か重なったのは、偶然だろうか。



「面白い。肉の取り合いか。おい、同じものを、同じだけもってこい。食べ比べだ」


 そういう意味ではないだろうと、アヤトは眉を潜めた。




 



 

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