それは墜落という継承







 と、ソレは知っている。

 そも、ソレはその為にあるといっていい。

 灰は灰に。塵は塵に。などといっても、貴様らには魂があるだろう。

 鳴いてくれよ、恋慕の弦で。吹き荒れてくれよ、正義の笛よ。

 貴様らの細かな魂の価値観などどうでもいい。ただ、ただ、ソレがこのような有様で存在することに意味を見いだして、いいや、思い出して歓喜する。

 クレリア。馬鹿な男だ。不埒ものは死ぬより不幸になるのだぞ――が、壊れた世界でなら、或いはか。その証拠に、今の今までその感情は脈打たなかったし、死んだひとりを盲目に想いづけるよりはマシ。

 長き苦しみで魂が壊れたか。生命という機能が崩れたかと、美しくなっていく少女の顔やその姿に指を伸ばさなかったことで納得さえしかけていたのだが。

「そうだよ。貴様らなど、所詮は愛しか謳えん。自分の理解できない他者への感情、心、ベクトルが何であれ、それを愛と叫ぶ。勝手に、他者が、自分は違うといってもだ。その点は狂気と変わらん。狂ったままに切り落とされた、脚が痛むなぁ」

 その声が響くのは、一種の玉座。

 美々しく、華麗に。絢爛舞踏と焔が踊る世界が、彼女の宮殿。

 大伽藍の地下。もはや異界といっていい場所で不敵な焔の女王そのものとしてソレは笑う。

「は……はははははははは」

 それに応じて波濤と化す焔。もはや焔の海といっていい有様だ。生きて踏み入れることができるものが、いったいどれだけいるのか。

 これほどの規模、熱量。外の世界に持ち出せば、小国のひとつは滅ぶ。

 だが、ソレがいった通り、玉座から立つ事は不可能。

 左の太股から先は切り落とされ、左右の手も満足に五本ずつそろってはいない。極めつけは瞳だ。美々しい黄金の髪と同じい色彩の瞳はひとつだけで、もう片方は『つい先ほど』まで空洞だった。

 無残にえぐり取られた跡がある。それも指で力任せに。その傷は癒えることなく、止めどなく血が流れているが、なにやら大きさの合わない別のものが埋まっていた。

 見る物がみればかくいうだろう。

 焔を統べるに相応しい焔のような赤い眸だと。

 美姫として讃えるならば、ルビーのようだとも。

「が、瞳ひとつを投影したたけで、私の剣を渡せだと。大概にしろよ、あの馬鹿者め」

 代わりにと腰に吊してあった長剣は鞘ごとその姿を消している。いや、元から中身はなかったが、鞘をも略奪されたのだ。

 無論、抵抗した。剣と鞘はふたつあって奮えるのであり、クレリアが途方もない狂人だとしても、剣だけ奮うようなことは――まあ、世界に絶望しきっていない限りはないだろうし、絶望しきっていたが、奮えば世界に再度滅びが来る。

 が、結果としてその両方を奪われている。そして、あれがそのまま剣と鞘として、振るう力の刃と、それを納めるべき倫理と秤とすることなどないだろう。

 それだけで完成されていた一振りだというのに。

 それ以上ない焔の剣だというのに。


 ソレはそういうもの。

 かつては、天に座した黄金の焔。

 名は意味を喪い、あった筈のものは指や腕のように消えている。

 神聖性。だが、同時に、どうしてもひとつの概念がつきまとう。

 それは『戦争』。ソレは、終末の戦争を率いた長。

 笑みが止まる。戦に赴く剣姫の美貌で、呟く。



「クレリア。お前も人、だなぁ。この『異灰の災厄』の長がひとり、敗北させても人間なのだよ。ああ、納得したよ。敗北を。お前の忠義を、その為に蔑ろにした愛を」



 いつだっただろうか。

 あなたを救いたい。とクレリアにいった女性がいた。

 愛に見境はないからとんでもないモノで、他のと違って、クレリアが恋愛感情を抱いていたことに、ついぞ見抜けなかったのだろう。

 いいや、判った上でいったのか。涙をください。そんな口説き文句。おいおい、冗談はやめろ。それは私でさえ堕天するぞ。絶望と憤激で。

 だからこその狂乱。だからこそのあの『権能』。ああ、絶望の淵にたたき落とされて、墜落しながらも、クレリア、お前は強く、美しかったな。

 代わりに頂いた福音の名は古き言葉で『涙』を意味するというのに。決して泣くことができなくなった、哀れな狂信者。

 そうして、同胞たちの大半はあの男の手で焼かれて灰となった。

 灰となって封じられ、自分を筆頭に呼び出して扱い、操る力となってその掌におさめられいる。馬鹿げた話があるか。だが、四つの長を全て封じたものなど、他にいない。そも、馬鹿げている。龍の加護。知らんよ。私たちが弱くなっていた。かもしれない。

 問題なのはあれの絶対性。信じ続けた思いは刃となって、研ぎ澄まされている。流星とはよくいっもたの。数千年を疾走し、衝突した世界を砕く輝きだ。

 よって、あれにとっての裏切り者たちは全て、その首だけを円卓に乗せている。恨みを、憎しみを、骸骨だけとなって、眼窩からは吹き抜けのフルートが呪いを流し、カタカタ歯で打ち鳴らすは憤怒の鼓のよう。聖域だった場は、もはや、邪悪の源泉だ。



「まあ、堕落すればそうなる。断罪、断罪、断罪なぁ」



 あれの権能のひとつだ。

 ただし、あれは共に戦ったものたちを殺して奪っている。堕落したものは許さない。あの女性の祈りこそが至高。何故、それが判らないのだと。

「最初に奪われたのは、『転生』、『断罪』、『審判』。続けて『杯』、『豊穣』、『規律』、『誓約』……だったか?  何とか生き残った所で無駄だ。先に『転生』を奪われたが為に、あれの権能で焼かれれば逃げられない。よって、『断罪』と『審判』が効くのだが、その辺りは計画犯じみたところあるな」


 ただ、大事なのはひとつ。

 あれの元々の権能はそんなものではないということ。

 だからリゼに剣として渡しても何の問題もない。文字通り、武器として与えられるし、その先、どうするかは少女次第。焔の剣とその鞘と共に、少女の翅となるだろう。

 強さ。強いもの。剣は使うモノ次第だ。善悪も何もない。

 ただ概念の問題。

「断罪。誰が、何という罪を裁くのか。罪を断つ刃とは? 罪を断ち続けるが故に、それは罪咎から逃れられない。自分に、自分の刃を突き刺しても、それのどこが断罪かね?」

 だから、これを使うものは許されない。

 決して贖罪は与えられない。

 地獄のような世界だからこそ、と唇を歪ませて、ソレは微笑んだ。諧謔に満ちたそれは、退屈さを掻き消す輝きを見つけたとばかりに。

 

「おい――『審判』と『断罪』は、決して救済はされぬぞ? それを奪われた私が、救えとでもいうのかよ」


 そんなものでは、なかったのだが。

 退屈しのぎに――リゼという少女の記憶(ユメ)を覗こう。 


 

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