熱(ツヨサ)という焦点――アナタの想いは

 音さえ焼き尽くす深紅の斬撃。その軌跡に炎以外の何も残さない。舞い散る火の粉は花びらと蝶が舞うかのよう。

 腕が飛ぶ。脚が。胴体が泣き分かれて、あれだけ苦戦した頭はバターのように。首は気付けば穴がある。

 そう。リゼの繰り出す緋刃の縦横無尽。止めるものはなく、その俊速に反応できるものもいない。視界を赤く染める程の劫火の刃が、少女の思うが儘に奔り抜け続けるだけ。

 ブーツの足先で踏みしめ、旋じる足首。繋がって加速し、脚から腰へ、身の捻りと重心移動は透明といっていいほどに淀みがない。加速、旋回、転身、その全てが乗って振るわれる刀身はまるで赤い箒星――柄より先は見えず、炎の鮮烈な色彩だから残像がかろうじて見えるだけだ。

 綺麗に、花びら流れるように緋色の剣が舞い続ける。赤い蝶の翅と揺れる、臙脂色のロングケープ。これがリゼ。『炎蝶』と称号を冠する少女。

「ははは……リゼ、何、それ」

 見えない。何しろ、セレンの周囲、半径十メートルにいるゴーレムへと、間合いという概念を焼却した速度で一閃すると、次のものへと斬り懸かり、そして次々と葬っていく。

 斬り祓う。焼き祓う。文字通り、炎の領域の中に踏み込めば、ゴーレムの核へとどういう訳か吸い込まれる。

 硬さなんかないように。時間はとまったように。

 それらを無視して、瞬く紅蓮の剣閃。

 或いは、揺れる炎がリゼのほんとうの身体?

「休んでいいわ。今は。見事だもの。不器用なりに」

 それらは全て一太刀。賞賛の言葉と、付け足した言葉さえも綺麗な余韻で流れていく。

 核は魔力の流れで判るという。瞳で捕らえて、感覚で把握して、最短で切っ先を導くからこそ、舞踏のように美しい。

「恐らく、動作の命令を出す魔力の流れの強弱を計り読んで、見て、拍子さえ捕らえているので御座いましょうが」

 気付けば、大太刀が床へと突き立てられる音。同時、腕を暖かい何かが包んでいく。

「リゼ様は、リゼ様ですので。…………恋に焦がれて狂った少女ほど、手のつけられない美しいものはない、ということで」

 優しい瑠璃色の瞳、繊細そうな美貌。誉れと祈りの対象である龍の角。 治癒の魔術を受けている。そう判ったのに、お礼の言葉は出ない。

「げほっ…………がっ……っ……っぁ……」

 肺が破裂しそう。無視した痛みが今来ている。罅。違う。最後の剣の降りで粉々に砕けているし、リゼの発生させる熱が痛みに喘ぐ肺に、空気を介して伝わり、焼いていく。灼熱の風だ。近づくものが弱ければ、呼吸さえ出来ない。

 そんな熱を、あの瞳にリゼは秘めているのだろうか。

 そんな視線を、あのクレリアという青年は受けているのだろうか。

「呼吸系の魔術は常時。身体強化のひとつで御座います。鎮静効果も恒常的にですね」

 言われているのは判っている。即座に術式を再展開しているのがその証。

 感じてしまった言葉、脳裏を過ぎ去ったルビーの瞳も、それも真実。それだけの余裕があるということ。

 ただ、今、死にかけたのだ。それでも、なおしろというのだろうか。

 どうして。どうして。どうして。――そんなに、強く思えるの。この熱は、リゼを中心に放たれている。その真ん中で、鉄の靴が焼け爛れそうな赤い揺らめきの中で、なお踊るリゼ。

「頑張って、セレン」

 一瞬、立ち止まったリゼが振り返る。

 炎は花びら、リゼは蝶。舞い上がる風に、全ては流れて舞うばかり。

 綺麗だった。

 ルビーのような瞳は、真実、宝石なのだ。

 悲しい位に一途に。

 悲しい赤ばかりを、濃淡として複雑に絡ませて。

「……………………」

 足りない。

 遅い。弱い。脆い。

 それを自分に向けて、光を吸い込み反射している。

 ただひとり。

 そう、ただひとりを思う綺麗な炎(オモイ)。


「クーより、やっぱり…………私は」


 涙を、嘆きを払うような、凄烈な一閃。

 空間を焼き払う刃。いや、刀身より伸びた劫火がそのままコロシアムの壁に当たる程の長さとなって迸り、駆け抜ける。

 そこにいたのは、たったひとり。

 何時だって、リゼが求めるのはたったひとり。

 リゼの炎(オモイ)なら受け止めると、銀の賢者が、優しく笑っている。刀身から伸びた炎は、その手前でふと、柔らかくかき消えた。

 陽炎を周囲に残して、溶けて消えていく。決してそれは、この程度では届かないとしめすように。

 この想い(ホノオ)と同じだけのぬくもりでと、受け止められるように、消されていく。いいや、それ以上の炎と熱量を抱くから、この炎では焼かれたりしない。届かない。

 冷え切った指先で、ぬくもりを与えるなんて出来ない。

 だからこそ冷たい手を、握ってくれたあの熱を覚えている。ずっと、ずっと、ずっと。でも、リゼはここまで成長しても、まだ……。


「私は、クーの、傍に。横に、並びたい」


 だから足りないのだ。

 この程度では、クレリアの心には届かない。貰ったぬくもりは、もっと、暖かい。この程度では、冷たくて、奪うだけなのだ。

 そう。これは、炎の強さの問題。濃淡、揺らめき、大きさではなくて。想いや感情でもない、強さという曖昧な定義の問題。熱という焦点。より熱いものに触れれば、冷たい側は熱を奪う。奪ってしまう。冷たい肌を温めてくれるのは嬉しくても、それは相手に冷たさを押しつけて、ぬくもりを奪ってしまうのだ。

 これは熱(ツヨサ)という曖昧な定義の焦点。

 或いは、魂という見えなくて、触れられない、炎(オモイ)の。――きっと、その焦点がすれ違って、ふたりはそれを恋や愛だなんて、いえないのだ。

「悲しゅう御座いますね」

 瑠璃色の瞳は、悲しみに揺れる。

 セレンは瞼を閉じる。

 月とルビーの瞳だけが、互いを見据えていた。

 ふたりだけが、その想い(ホノオ)に焼かれて立っている。



 怒号。罵声。

 今ので残った半分以下が焼き払われても、巻き込まれていれば死んでいる。灰も残らず、望みもなく。

 それでも――リゼには。

 クレリアには。


「救われなくても、助けてみせる」


 主語のない、届かない言葉を、互いに重ねるだけだった。

 

 

 


 

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