木漏れ日(イタミ)に、揺らめく炎は
リスのように食べる姿が可愛いといわれた。
それが、リゼがサンドイッチが好きな理由。実は、味はよく分からない。
好き嫌いがないともいえるし、食事というものに関心がないのかもしれない。甘い、苦い、とか、味覚はある。クレリアの作った料理は、好き。
少しずつ、リゼが食べることに関心をもつようにと、調味料だとか、味付けを変えてくれる。
だから、味覚に関しては鋭いのかもしれない。
ただ関心はできるだけ持たないようにしている。そうやって、裏で頑張ってリゼに食べて貰おうと、工夫してくれるクレリアの優しい味付けが、好きだった。
昔は身体が弱く、食欲がほとんどなく、ずっと心配されていたのだ。
その頃から、いや、今でもずっと、少しずつ変わっている味付け。クレリアが、リゼの表情を見て、こちらがいいと、決めているのだろうか。考えてくれているだろうか。そう思うと、ゆっくりと、しっかりと、食べたくなる大事なもの。
サンドイッチのチーズの中に、ほんの少しの酸味のきいたクリーム。口の中で野菜と混ざって、僅かな甘さに変る。美味しい。本当は。
でも、黙々と齧る。表情はできるだけ変えずに。
出来るだけその姿を見てほしくて。可愛いと思ってくれるならなおさらだ。
リスのように食べる姿に、クレリアはいつものように、すこしだけ嬉しそうだった。
貰うだけじゃ、奪うのと変わらない。
そんなの恋じゃないと思うのだ。そう信じたいのだ。
貰った分を返せないと、この胸の中のあたたかさは、クレリアからもらったものになる。
この命、なんていわない。この心の優しさは、クレリアが自分の心をちぎって、リゼにくれたものになる。昔、出逢った頃、リゼはこんな気持ちをしらなかった。
死にたかった。
でも、自殺は出来なかった。
苦しんで、苦しんで、全てがどうでもよくなればよいのに、クレリアが沢山、くれたのだ。冬の雪嵐の中で拾って、こんなに暖かい場所まで連れてきてくれた。
リゼは愚かで、弱くて、何もできない少女だった。
それを変えてくれたクレリアに、何ができるだろう。祈りは、願いは、最初の誓いはきっと果たせる。救われなくていいと、互いの言葉を交わしたあの約束は。
でも、リゼは、クレリアを救いたい。助けたい。幸せに、この心臓が感じる暖かさを、感じて欲しい。一緒になんて我儘、言えないけれど。
何も出来ない愚かな少女の命に、人生に、炎を与えてくれたこと――どうやってお返しできるだろう。
奪うばかりは、恋じゃない。
……でも、ちょっとだけ許して欲しい。どうすれば、クレリアの役に立てるのか、恩返しができるのか判らない。でも、笑ってくれるクレリアを見るのが好き。優しいクレリアの手が好き。月の刃のような瞳が、ふと、穏やかな水晶のようになる瞬間が好き。
落ち着くと、瞳の色が変わるひとがいるらしい。クレリアがそうだ、と自分をいっていた。よくみると、時折、瞳は銀のような灰色より、青のほうが強くなる。
クレリアが、好き。
好きなだけで恋になるなら、どれだけ幸せだろう。
それは恋すれば愛になるくらいに、途方もない御伽噺だ。
クレリア、あなたの為に泣けたら、それは恋?
聞いてみたい。一度も泣いた姿を見たことのない、好きな青年に。
教えて欲しいのは、きっとそれだ。本当の恋なんて判らない。クレリアを想う気持ちに嘘はなくて、募る思慕は燃え盛る炎のように。そこにひとつ、ひとつ、記憶がくべられる。大切なものを裡にかかえて、それは強くなる。胸の中に、いずれ、秘めきれなくなるほど。
瞳が熱い。赤い中にある想いは、熱を帯びていくばかり。
でも笑っている。微笑みあう。まるで、本当のことを告げれば傷つけあうのを知っているみたいに。
「本当にリスみたいに」
貰ってばかりだけれど、もう少しだけ。
クレリア、あなたの笑顔が欲しい。あなたの声が欲しい。
名前を呼んでほしくて、でも、そんなお願いが、どうしても出来ないなくて、リスのように齧る。ちいさく、ちいさく。
「リゼ、飲み物だよ」
卑怯者はお互い様だった。
出されるオレンジのジュースのはいったコップをうけとって、少しだけ、瞼を閉じる。
凄く痛かった。これが生きるということ。
悩み続けている。これが先に進もうとすること。
クレリアと一緒にという難しさに、愚かなリゼは、必死に考える。いつも浮かぶのは卑怯な手だ。ご飯を食べない。心配してくれるから。本ばかり読む。心配して撫でてくれるから。髪の毛を伸ばす。撫でて、触れてくれる時間が伸びるから。
死にたかった時より、辛くて、苦しくて、胸が痛い。痛いよ。
だから、ごめんなさい。クレリア、あなたから、もっとあたたかさを、奪う。笑顔を、自分の夢の為の研究の時間を料理に使わせ、自身の衣服や装飾の分の金貨を、リゼのに。
御免なさい。御免なさい。
そうしてくれることが、嬉しくて、どうしても止められない。
最初の願いの為、そのすべてを焼き尽くしてしまうこともまた、やめられない。
――だって私は、死ぬべき存在だから。
世界に容認されず、消されるべきものと繋がっている――
そう思うと、思い出すと、冬の雪と風のように、思考がするりと白くなる。
眠る。堕ちる。意識が途切れる。弱い、愚かな少女は、それに抗う方法を知らない。
一定の幸せと、振り返った過去に、ぷちりと意識の糸が途切れた。眠ることを、何も考えないことを、心と精神が選択する、本能が全てを塗りつぶす。
ぽてんと、ただ、寄り添うように。助けを求めるように、大好きなぬくもりに引かれていく。
「……クー」
膝の上に、転がるように。
陽だまりの午後、少女は瞼を閉じた。
あと少し、心を保てていたら、きっと泣いていただろう。
かわりに、鈴が激しく、ちりりんぃっ、と転がり落ちる音色を立てた。
ないてはいない。
まだ。
泣くのは、探していない。
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