撮影が終わり……声優デビューだと!?
挨拶が終わると再び通行人の役をする我らエキストラ。
夜も更け、人の少ない上野駅の情景を撮るみたいだ。
撮影場所も半分近くへと縮まり、朝にひったくりがあったベンチ、靴磨き、大きなのっぽの古時計、新聞の屋台がある場所、つまり先ほど主人公一行がチンピラに絡まれたエリアがメインとなる。
昼間に俺様と女性、年配のご夫婦とで寸劇した看板エリアはもはやフレームの端どころか、半分蛍光灯が消えていた。
月と星が夜空というタペストリーを徐々に彩るように、エキストラさんの役も時間と共に移り変わる。
夜の街を
さすがに今回の俺様はただの通行人役だった。
うまい具合に疲れと
『ハイ! カットォ! オッケーです!』
『お疲れ様でした! これで“撮影”は終了です!』
“パチパチパチパチ!”
スタッフさんから暖かい拍手を頂戴する。
おおぉ! ようやくか! 終わったら終わったでちょっと哀愁を感じちゃうのだが、まずは無事終わったことを喜ぶとしよう。
ん? 撮影という言葉の上下に「”」、ダブルクオーテーションがあるけどこれは何だ?
まぁいい、今の俺様にはそんな細かい記号なぞ気にする余裕はないのだ。
再び集められるエキストラさん達。
スタッフさんから挨拶をされる。
『本日はお寒い中、ほんと~うにありがとうございました。おかげさまで本日分の”撮影”は無事終了いたしました。それでですね、ただいま午後9時40分です。皆様のがんばりのおかげで予定の午後10時より少し早く終了しました……あと15分ほど、よろしいですか?』
ん? これ以上何をやるというのだ?
『せっかく皆様がお集まりになられましたので、駅の騒がしい声を皆様の”美しい”声で録音したいのです』
ちょっと苦笑が漏れるエキストラさん達。
なるほど、擬態語で駅の人混みを表す、“ワイワイ”、“ガヤガヤ”を俺たちエキストラの声で録音したいわけだな。
昭和のコメディー番組によく出てくる”ワハハハハハ!”の声を思い浮かべてくれればいいだろう。
当時は『笑い屋』という、笑い専門のエキストラさんがいらっしゃったみたいだが、今はスタジオのスタッフさん達がそれの代わりを務めているみたいだ。
昭和が終わって30年近く。まさかこんな役をやるとはなぁ。
いや、ある意味、昭和の映像にふさわしい役とも言えよう。
ん? ちょっと待て……これって? 改めて状況を確認してみよう。
周りにはプロのスタッフさん。
そして輪になって集まった我らエキストラの頭上には、プロの音響さんが持つ、収録用の細長い黒の、いわばプロのマイク。
突如! 俺様の体を貫く雷撃!
こ、これってまさか俺たちって……
『声優』
ではないのかぁ!
一般の方にはぴんとこないかもしれないが、俺様とマイソウルブラザー&シスターにとって、声優様とはまさしく神のごとき存在。
最初に書き記した『NA○MIの○屋』の収録においては、我ら信者が狂乱の
あ、ちなみにこのDJさんや司会者さんはあくまで観客である我々の為に用意された方で、『NA○MIの○屋』番組内では登場いたしません。あしからず。
そしてご安心を。みなさん礼儀正しく鑑賞し、滞りなく収録できました。
当然、我ら信者の歓声を受ける声優様にあこがれる若者も大勢いらっしゃる。
今この瞬間でも、そんな夢見る若者が人知れず発声練習したり、養成学校に通っていたり、プロダクションの所属試験、そして我らエキストラのように、名前がつかない『男子生徒A』、『女の子B』という役のオーディションの為、日々努力しているのだ。
そういった彼ら彼女らを差し置いて、いきなり天下のNHK様で収録とは申し訳ない気持ちでいっぱいである。
それでもプロのカメラ、プロのマイクの前に立てば、メタボ親父の俺様ですらプロのエキストラと見なされて視聴者、観客はご覧になりお聞きになるのである。
よし! 腹はくくった。
ならば余すところなく、我が美声に聞き惚れるがよい!
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