チンピラさん登場!
そして主人公一行は第三のシーンの撮影に入る。
『練習いきます!』
『ハイ練習!』
『練習!』
『用意! スタート!』
行方不明の子の名前を叫びながら、切符売り場の周辺を探す主人公達。
今でこそ未成年が夜の上野駅をうろついていても、よほど変な格好をしていなければ、通りすがりの人間はそれこそ背景の一部として気にしないであろう。
……最も、お巡りさんはどうかわからないが。
しかし、ここは1960年代の夜の上野駅。
少女三人が駅構内で大声を張り上げていれば、いやでも人の目につき、そして、ハエや蚊のように近づいてくる輩も存在する。
『おう! ねぇちゃんたち』
ここで登場する、夜の撮影前に挨拶された
やはり、といっては失礼だが、この方は主人公一行に
当然マイクなんか使わず放たれたその声は、上野駅構内に轟く迫力があった。
そして、その後ろに控える、子分だか三下かの男性二人。
一人は背の低い強面の男性、そしてもう一人はベレー帽を被りベストを着た長身の男性。
実はこのお二方、憶えているだろうか?
いや、実はこの頃になると、もう俺様の記憶も定かではなくなり、もし間違っていたのなら申し訳ないが、あえて書き記すと、撮影が始まった頃、俺様がオーラを感じたプロのエキストラさん達である。
背の低い方は、ひったくりか何かで警官や鉄道公安員に取り押さえられた役。
長身の方は、今まで書くことはなかったが、主に駅構内を走る役をやられた方である。
そうか、このお二方、ここで出てくるのか……。
ここでも撮影は主人公一行とチンピラ達がメインになるため、俺様を含め他のエキストラさん達は遠巻きに撮影を見守ることとなる。
書き分けるために、チンピラ役の方を『兄貴』、後ろのお二方を『子分』とさせてもらう。
いきなり兄貴に声をかけられた主人公一行。互いに集まり身を寄せ合う。
さらに兄貴は主人公に近づき腕だったか肩を
『へっへ! 俺たちがいいところへ連れてってやるぜ』
と離れたところにいる我々にも届くような、よく通るいやらしい声を放つ。
そして、子分達も
『どこか遊びに行こうぜ』
みたいな台詞を話しながら、あとの二人の後ろにゆっくりと回り込み、両肩に手を置く。
まるで子羊を狩るオオカミみたいである。
この十数年後に、まさに『男はオオカミ』のフレーズを使った歌謡曲が大ヒットするのだが、この時の主人公一行は知るよしもなかった。
しかし、そこは主人公。
主人公補正という野暮な言葉は使わず、生まれてこの方、農作業を手伝っていた体がものをいっていたのだろう。
さらに、兄貴は酔っ払っていたのかもしれない。
「離してください!」
と兄貴を突き放す主人公。
「うおっとぉ!」
よろめきながら倒れる兄貴。
え? ちょっと待って! 兄貴の後ろにはマットなんかないぞ!
「「あ、兄貴ぃ!」」
慌てて駆け寄る子分二人。
”今のうち!”と、
え? 子羊じゃないのかって? お客さん、それこそ野暮ですぜ。
子分二人に起こされた兄貴達一行は
『おい! コラ!』
『ちょっと待てぃ!』
『このアマ!』
みたいな罵声を浴びせながら主人公一行を追いかけたのであった。
『ハイ! カットォ!』
ここでも監督さんがいろいろと演技指導なさっている。
やはり主演様メインだ。
しかし兄貴がマットのないコンクリートの地面に倒れるのは予想外だ。
これも積み重ねた演技の
『ハイ! カットォ! オッケーです!』
こうして主演様一行の撮影が終わり、俺たちエキストラは再び、夜の上野駅を歩く通行人役としてあっちこっち転がされる羽目となる。
そうこうしているうちに、再び我らエキストラが集められる。
どうも、主人公と一緒に探していた二人の女優さんのうち一人が挨拶したいと申し入れてきたみたいだ。
誠に失礼だが、挨拶されたこの方は、サラリーマンの一団にぶつかって転んだ役なのか、そうでないか、もはや顔すら憶えていない状態なのである。
『……寒いですので、お体には十分お気をつけください。本日はどうもお疲れ様でした』
ハンドマイクで話されたそのお声だけが、わずかな記憶となって俺様の脳みそに刻み込まれている。
『お疲れ様でした!』
エキストラさん達も挨拶を返し、”パチパチパチ!”とおもちゃのサルみたいに拍手する俺様。
そうとも、撮影が終われば主演だの助演だの、エキストラだのは関係ない。
ただ、己の役を精一杯演じた仲間を
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