初めてのカメラ!?&マイク!?

 だがここへ来て逃げ出すわけにはいくまい!

 今の俺様はまな板の鯉ならぬ、プロの撮影現場に立たされたいっぱしのエキストラだ。

 なぁに、どうせ撮るに足らないシーンだったら、真っ先に編集さんによってカットされるさ。


 ん? ちょっと待てぃ!

 俺様が引率する集団就職生のそばにカメラがあるではないかぁ!

 てことわぁ……カメラの真横で演じるのかぁ!?

 しかも台詞はアドリブでぇ!?

 ちょ! 頭上にあるのはひょっとしなくてもマイクぅ!?

 いやそりゃカメラがあればマイクがあるのは当たり前だけど、そうなんだよなぁ、カメラのそばにはマイクがあるのが当たり前なんだよなぁ……。

 (現実逃避のため、今更ながらしみじみする俺様)。


『練習いきます!』

『ハイ! 練習!』

『練習!』

 漫画やドラマの一シーンで、緊張すると周りが見えなくなったり、何を話していいか、何をしていいのかわからずオロオロする登場人物がいるが、今になって初めて実感した。


 しかも、その状況におちいったシチュエーションは天下のNHKが満を持してお送りする、看板番組である朝の連続テレビ小説の撮影現場!

 できることなら俺の人生、もう少し軽めのシチュエーションでこういった状況におちいって欲しかった。

 今にして思えば自分以外にも引率役の人がいるから、必ずしも俺様が映るとは限らないが、この時の俺様の魂の狼狽うろたえぶりはもう筆舌ひつぜつに尽くしがたいほどであった。


 だが、この時の俺様は魂の雑音なんか気にしている暇はない。

 その視界は競走馬のように、自分が引き連れる集団就職生と引率の先生さん&職安の職員さんのみをロックオンしている。


『用意! スタート!』


 各エキストラ一斉にスタート! 出遅れもなく順調な滑り出しです。

 落ち着いて堂々と歩いています。

 ぶつかったり、けつまずいてコケる人もいません。

 カメラの前を通って各エキストラ、それぞれ自分が引き連れる集団就職生の前へたどり着きます。

 引率の先生や職員さんに近づき挨拶をする各エキストラ。

 さぁ! ここからアドリブが開始されました!


「どうも、初めまして! ○○(会社名すらなんといったか憶えていない)でございます」 

 背を向けている先生さんや職員さんに向かって俺様は挨拶をする。

 引率の先生さんや職員さんも

「あ! これはどうも」

「よろしくお願いいたします」

 俺様もまた

「いやいやいやいや、こちらこそよろしくお願いします」

 何がいやなのか、何をよろしくされるのか、もはや訳わかめのアドリブである。


「はい! ではいきますよ~!」

 集団就職生に向かって手を上げ、さわやかに声をかける俺様。

 強欲商人や悪徳社長の役なんか北風さんと一緒に吹き飛ばされてしまったのである。

”え? 誰? このおっさん!?”

”ひょっとして人さらい!?”

 そう思われて就職する前にサボタージュされると思ったが、集団就職生達は俺様の合図にこころよく立ち上がってくれた。

 よかった。純粋無垢な少年少女は、俺様を悪徳商人から成り上がった強欲社長だと認めてくれた! 

 こんなにうれしいことはない!

 ……何か日本語がおかしいのは気のせいです。


「それでは失礼します」

 引率の先生さんと職員さんに別れの挨拶をする俺様。

「「よろしくお願いします」」  

 集団就職生を引き連れる俺様の背中に

「頑張れよ!」

「しっかりな!」

と暖かい声がかけられる。

 何か自分に対して言われているみたいで、ちょっと目頭が熱くなる。


 時々集団就職生に向かって振り返り

「はい、こっちだよ!」

と、目印の屋台まで引き連れていく。

「は~い、ここにかくれてね」

 今度はかくれんぼみたいにみんなを屋台の影へ隠す。


 なんか引率と言うより雛をつれて歩く親鳥の心境である。

 そういえば東京オリンピック(1964年)のちょうど二十年後、カルガモの引っ越しが話題になったな。

 警察まで動員して渡り終わるまで道路が通行止めになったとか。

 テレビのニュースやワイドショーも、カルガモ親子がいつ引っ越しするのかと、毎日のように報道していたなぁ。

 集団就職で上京した人たちがあの映像を見て、どう思いをはせたのだろう……。 

 やはり時間がかかるのか、オッケーが出るまでちょっと長い。

 しばし、屋台の影でかくれんぼ状態の俺様一行。

 中学生さんもいろいろ騒ぐと思いきや、意外とおとなしい。


『ハイ! オッケーです!』


 ようやくオッケーが出て、最初の位置に戻る俺達。

 よし! 一度できれば何とかなる!

 吹っ切れたように二回目以降の練習も特にアクシデントも指摘もなく、つつがなく進行した。


 緊張が解けた俺様は、撮影のチェック中、先生役と職員役の人に話しかける。

「あの、お二方は先生ですか?」

「はい、そうです」

 今更ながら尋ね方が悪かった。

 これでは「先生役」なのか「彼ら中学生の先生、本当の教師」なのかはっきりしない。

 でも時折生徒に話しかけているみたいだから、本当の教師なのだろう。


 そして屋台の影に隠れている時、緊張が解けた俺様は中学生さんに話しかける。

「みんなは何年生?」

「○年生です」

 ……すまない、憶えていないのだ。

 さすがに三年生にとって一月は受験に向けて大事な時期だし、一年生ではいくら今の子達の発育がよくたって、体格的に無理がある。

 ここは無難に二年生としておこうではないか! ハッハッハ!

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