無限軌道通行人(なんのこっちゃ?)

 話が前後するが、集団就職生を撮影するシーンでこんな役があった。名付けるなら

『ベルトコンベアで送られる通行人』


 うろ覚えの為、うまく表現できないのだが、集団就職生とカメラの間を我ら通行人役が歩いて行くのだが、駅の喧噪を表現する為、かなり密集して歩くこととなる。

 そうなると、いくら何十人といる我らエキストラでもあっという間に弾切れとなる為、カメラの前を通り過ぎたところでマラソンの折り返し地点のごとくUターンし、再び集団就職生、カメラの前へと歩くのである。

 戦車やブルドーザーのキャタピラー、いや、キャタピラーは登録商標だから天下のNHKでは宣伝になる為使えない。ここは無限軌道と書くべきだな。

 ……うむ、余計に意味がわからなくなった。


 二手に分かれて、それぞれのスタート地点で列を作る。

 いわばカメラの前で通行人が互いに交差して、人混みを演出する狙いだろう。


『練習いきま~す!』

『練習!』


 前の人に密着するほど近づく俺様以下エキストラさん達。


『用意! スタート!』


 流しそうめんや豆鉄砲ではなく、機関銃のように押し出される我らエキストラ。

 目印の場所でUターン……あれ? 最後尾の人があんなに遠い!?

 慌てて皆さんダッシュしてUターンすると何とか前の人に追いついて、再びカメラの前を通り過ぎる。


『ハイ! カット!』


 すぐさまスタッフさんよりハンドマイクで指摘される。

『皆さん一度に殺到するので、折り返してから空白ができてしまいます』

 おっしゃるとおりである。これじゃあ無限軌道と言うより、二匹の蛇が互いのしっぽをくわえようと追いかけっこしている姿だ。

 自転車やスケート競技で言う「チーム(団体)パシュート」のようである。

 結局、スタート地点でスタッフさんがタイミングを見て合図をすることとなった。


『あとですね、皆さん同じ速さで歩かず、前の人が遅かったら走ってぬいてもかまいません』

 う~む。前にも書いたが、カメラの前を歩く通行人一つとっても奥が深い。


『練習いきます!』

『練習!』

『練習です!』

『用意! スタート!』


(ハイ! ハイ! ハイ!)

と、スタート地点でスタッフさんが心の中で叫びながら、一人ずつ背中を押す。

 そしてカメラの前へとエキストラさんが送り出される。

 スタッフさんもこれ、かなりの体力がいるだろう。

 本当、演劇とは役者さんから裏方さんまで体育会系と言われるわけである。


『ハイ! オッケーです』 


 そんなこんなで以後は主演様以下、集団就職生中心に撮影は進んでいく。

 ここでスタッフさんが一人ずつエキストラさんに声をかけてゆく。

 どうやら、エキストラさんが会社の社長さんや人事担当者に扮して、集団就職生を会社まで引き連れてゆく役をお願いしているようだ。


 そんな様子を見守っていると、一人のスタッフさんが俺様に近づいてくる。


「えっと、貴方はこの列の人を引き連れてください」


 ……ホワット?

 え? いやだ!? なにそれ!? そ、そんなあ、あたしなんて……

 いきなりオネェ言葉になってしまったのは勘弁してもらいたい。

 人間、予想外の出来事に遭遇すると、パニックどころか性別が逆転するのである。

 スタッフさんの説明は続く。


「この引率の人たちに挨拶して、会社名は……適当でいいですから、そのあとに彼らを引率してあの屋台を曲がって、オッケーが出るまで隠れてください」


 ……いきなりの抜擢である。

 気合い入れて着物を召したのが功を奏したのか?

 一般参加の人間にも思い出作りをさせる粋な計らいなのか?

 はたまた、メタボ体型が着物を召している故、俺様の姿が悪徳商人や強欲社長に見えたかもしれない。


 ひょ! ひょ! ひょっとしたらカメラに映るかも!?

 い、いや、俺様のダミ声で発せられた台詞も拾われて、全国の穏やかな朝のひとときをぶち壊すかもしれない。

『善良な集団就職生を迎えに来た悪徳社長』役の俺様はここへ来て真剣にブルってくる。


 そうだよな。役者さんって、自分の演技や声が公共放送を通じてお茶の間に流されるんだぜ。

 エキストラの俺様だが、映るかもしれない役を言いつけられたら、こんなにブルってしまうんだ。

 もっとも、撮影なら撮り直しがきくけど、観客を前にした舞台俳優さんなんて一発勝負だからな。

 チキンな俺様のハートへ、その爪の垢を分けてもらいたいぜ。

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