メタ発言連発!

 時間差通行人役が終わると、今度は別の役へと変わる。

 俺様がこりもせず勝手に名付けた役だ。その役名を

『看板の前まで歩き、待ち合わせしている年配夫婦さんと女性さんと出会う中年男』だ。


 決して字数稼ぎではありませんよ。たぶん。

 俺様の日本語が稚拙ちせつな為、どこぞのラ○トノベルみたいな役名だが、ることはズバリ! ……その名の通りである。


 ただこの役、午前中に主人公の母親役さんの背景通行人をやった時みたいに、カメラからもっとも遠い位置で演じるのである。

 何せ待ち合わせの看板からちょっと歩くと、すぐ展望席へ上る階段が見える。

 さすがに俺たちまでカメラのフレームに収まることはないと思うが、だからといって気を抜くわけにはいかない。


『練習行きま~す!』

『練習!』

『練習で~す!』

 俺様は適当な場所に立ち、スタートの合図を待つ。

『用意! スタート!』


 合図と同時に、俺様はゆっくりとを進める。慌てず騒がず、堂々と。

 いざかん! 二十メートル(うろおぼえ)先に立てかけてある、待ち合わせの看板まで!

 そして看板の前で歩みを止め、さも人を探しているようにきょろきょろする。


 そして年配の夫婦さんがやってくる。

 年配夫婦さんはお二人とも着物を召しておられて、その着こなしは俺様なぞ足下にも及ばない。正に自然だ。

 やがて旦那さんが俺様を見つけたように手を振ってくれる。こちらも手を振る。

 やがて顔を合わせると、俺様と年配夫婦さんは互いに挨拶とお辞儀をかわす。


「いやはや、どうもどうも」

「おひさしぶりでございます」

 こんな会話を交わした気がする。

 そして今度は女性さんを待つ三人。


 待ち合わせの女性について、容姿、年齢を書き記す行為は野暮というものだ。

 俺様のつたない日本語ではかえって失礼に当たるかもしれないし、何よりロケ中は眼鏡を外しているから顔や髪型すら憶えていないのだ。

 年齢は俺様よりだいぶ若いとだけ言っておこう。


 やがて女性さんがやってくると、俺たち三人は互いに挨拶をする。

 何か寸劇をやっている気分だ。

 ふと思ったが、劇団の入団オーディションだと、こういった何気ない日常の一コマを演じたりするのだろうか?

 それとも、ある劇の役や台詞をやらせるのだろうか?


 ……ここまでのお話で、気がついている人がいらっしゃるかもしれない。

 俺様が看板まで歩く。年配夫婦さんがやってくる。互いに挨拶をする。

 そして女性さんがやってくる。四人で挨拶をする。

 そう! 今までの撮影よりかなりの時間がたっているのに、まだ『オッケー』が出ないのだ。

 主演様のシーンはかなりの長丁場なのだろう。


「……結構、長いね」

「……そう……ですね」

「……寒いです」

 マイクに拾われることはまずないから、旦那さんと俺様と女性さんはメタ発言連発である。

 もっとも、あらかじめスタッフさんから

「みなさんが集まったら談笑してください」

と言われているので、俺たちがやっていることは特に間違ってはいないのである。 

『ハイ! オッケーです!』

 ようやくオッケーが出た。

 しかし、主演様のシーンが長丁場ゆえ、チェックに時間がかかっているのだろうか、次の練習か本番が始まるまで足を踏み鳴らしながら寒さに耐えている俺様。

 ん? 俺様のメタボバディを、年配夫婦さんは風よけにしているように感じるのは気のせいだろうか?


 ちなみに、この年配夫婦さんは地元浜松の人で、昨年度の朝の連続テレビ小説の浜松ロケにもエキストラとして参加したとおっしゃっていた。

 調べてみたら2016年4月から放送された『とと姉ちゃん』らしい。

 むむ! このお二人、一般参加エキストラの中でも強者つわものである。

 道理で着物の着こなし一つとってみても、ただ者ではない雰囲気をかもし出しているはずである。


 チェック中、旦那さんは 

「どうせこんな所、写らないしな」

「去年は三日間(とと姉ちゃんのロケに)参加したけど、(テレビに)映ったのは0.2秒ぐらいだ。ハッハッハ!」

「本当は一日だけのつもりだったけど、去年で(地元の)みんな、(寒空の中でやるのは)懲りたから人が集まらないらしく、四日間やる羽目になったわ!」

「でも四日間参加しても、映るのは去年と同じくらいかなぁ?」

と、メタ発言の十六連射である。


 ちなみに今回のロケは月曜から木曜までの四日間あり、月曜日は昼から、火曜以降は十六時間拘束である。

 いくら地元とはいえこの寒空、ギャラの出ない一般参加に四日間フルに出場なさるこのご夫婦は、正に一般エキストラの神と呼んでもいいだろう。

 大げさすぎるかな? 

 寒さで感極まったおっさんの戯言と聞き流してくれたまえ。


 あと、主演様のシーンにいろいろあったのか、俺たちの待ち合わせ寸劇は何度もやらされることになった。

 練習ごとに挨拶とお辞儀を交わす俺たち。

 そして撮影のチェック中、ぽつんと取り残される俺たち。


 そして

『本番いきまーす!』

『本番!』

『本番です!』

 おっしゃ~! どんと来い!

『用意! スタート!』

 もう眼をつむってもたどり着けるぐらいに、俺様は看板に向かって歩む。

 何度も交わされた挨拶。そしてお辞儀。


『ハイ! オッケーです!』

(やっとか~!)

 初めて、寒さより疲れを感じた俺様のバディであった。

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