第三章 歩いた! 台詞(はな)した! 引き連れた!

時間差通行人

 午後の撮影が開始された。

 相変わらず我らエキストラは駅構内を歩く役だ。

 ただ一つ違うところは、中学生の一団が駅構内の端っこで職安の旗のもと、列になって座っている所だろう。


 現代なら修学旅行生の集団に見えるのだが、今この世界の舞台は一九六〇年代。

 NHKの看板番組のロケに参加する興奮と、周りが監督さん以下スタッフ、そしてテレビでしか見たことのない役者様、さらに俺様のようなキモイ親父がうろつき回っていることに、彼ら中学生の顔から若干の緊張が浮かんでいる。

 それはまるで、初めて見る東京の景色に興奮し、新しい生活に不安と緊張に包まれる集団就職生そのものだ。


 このシーンは座っている集団就職生の周りを通行人が歩いていると見ていいだろう。

 ちなみに俺様の役は相変わらずの通行人だ。

 ただ今までは駅構内すべてをカメラのフレームに納めていればよかったが、今回の撮影は集団就職生が座っているエリアのみだ。


 当然、一度に我らエキストラが殺到すると訳がわからなくなるため、4~5人で一組となり、互いに距離を取りながら縦に一列並び、集団就職生のそばまで、まるで流しそうめんみたいに順番に歩いて行くのだ。


 冬場の撮影なのに流しそうめんという比喩しか使えない、俺様の語彙の乏しさはどうか勘弁して欲しい。

 未成年者が読んでいるかもしれないからパチンコの玉みたいとはいえないし、豆鉄砲と言っても今の子にわかるだろうか?

 ちなみに俺様は前から二番目だ。

 また、距離を取ると言っても決して等間隔ではなく、近かったり遠かったりと、かなりバラバラである。

 

 やはりお昼休憩が入ったせいなのか、衣服や髪、化粧の乱れをメイクさんが直しに回る。

 当然、俺様のえり元やすそそでからのぞく黒いフリースも

『それ、隠してくださいね(はぁと)』

と、メイクのお姉さんからにこやかな笑顔と笑っていない目つきで命令を授けてくださる。ハァハァ。

 フリースの裾を膝まであげ、袖をひじまでまくり上げると、ハイ! 再び、この寒空の中、着物の下はすね毛丸出しの変態親父の完成です!


『練習行きます!』

『練習です!』

『練習~!』

 『時間差通行人役』と俺様が勝手に名付けた人たちが、縦一列になって配置につく。


『用意! スタート!』

 列の先頭の人が歩き始める。

 俺様以下、後続のエキストラさんはスタッフさんより

『前の人があそこまで言ったら歩き始めてください』

と言われたため、その通りにする。

 相変わらず撮影中は眼鏡を外さなくてはいけないので、前の人が本当にその場所まで歩いたかどうか定かではないが、ええい! ままよ! とぼやけた視界の中を歩き始める。

 こうして午後の撮影が始まった。

 

 ちなみにお手洗いだが、先に申し上げたとおり、撮影の合間を縫って勝手に用を足すことになる。

 この撮影と撮影の間の時間というのがバラバラで、終わったと思ったらすぐ次の撮影に入ったり、かと思えばチェックのためなのか、数分は立ちん坊になる時もある。


 お手洗いに行くのに一番確実な時は、スタッフさんが人類の英知、石油ストーブや一斗缶のたき火を持ってくる時である。

 おそらく撮影のチェックが長引くとスタッフさんが判断した為のストーブなのだから、悠々とお手洗いにゆき、心ゆくまで用を足すことができるのである。

 もっとも、真っ先に用を済ませた人間には、ストーブ場所取り競争における敗北者の烙印らくいんが授けられるのだが……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る