撮影現場のお昼休み

 そんなこんなで時刻は十二時を回った。

『お昼休憩です。エキストラさんはこちらへ』

と言ったかどうか、実は定かではない。

 なぜなら俺様のソウルもバディも、この時すでに意識朦朧もうろうとなっていたのだ。


 北風さんに陵辱された肉体を引きずるようにみんなの後をついて行く。

 再びグリーンスタンドの階段を上り、最初の集合場所、閲覧席へとたどり着く。

 そこでは朝と同じようにお弁当とペットボトルのお茶を配っていた。

 震える手で弁当とお茶を握り、空いているベンチへと座る。


 数時間ぶりに味わう尻の肉の圧迫感は、ゴボウになった我が二本の脚につかの間の安らぎを与える。

 ここの情景は無理に想像しなくてかまいません。キモイから。


 正直、食欲はない。

 しかし今の俺は撮影現場という戦場で戦う一介の兵士だ。

 撮影中倒れても、俺様の屍を拾うモノなぞ誰もいない。

 ならばせめて倒れないように、与えられたかてを腹に押し込むまでだ。

 現にそれで午前中は何とか乗り切った。ありがとう、朝食のおにぎり君。

 

 昼食の弁当だが、実は何を食べたのかよく憶えていない。

 それぐらい午前中が(俺様にとって)過酷だったってことを、この文章から察して欲しい。

 そこまで大げさに言わずとも、

『一年前に食べた弁当の中身をおまえは憶えているかぁ!?』ですむ話である。


 記憶をたどると、どうもチキン南蛮だったような気がする。

 SNS等をやっている人ならば、こういったお弁当の写真を撮ること自体が癖になって、後ほど日記のように見直せるのだが、あいにく俺様にはそういう高尚な趣味は持っていない。


 ペットのふたを開けお茶を口に含み、弁当を一口二口食べる。

 元々俺様はそんなに食が早いわけではない。会社の先輩から

『飯を食べるのが遅い奴は仕事も遅いんだぞ』

と耳タコな話を何度も聞かされたが、まさかそれが現実になろうとは……。


 ハンドマイクからスタッフさんの声が聞こえる。

『え~撮影がおしていますので、十二時四十五分頃には午後の撮影を開始したいと思います』

 ホワット? 今十二時十分だぜ。あと三十分強で午後の撮影だと!

 今頃になってやっと中学生の一団が展望席にやってきたんだぞ。

 今から彼らに弁当配ったら、食べる時間がほとんどないじゃないか!

 かんべんしてくれよベイビ~。食べてすぐ運動するとおなかが痛くなるって、小さい頃ママに教わったんだぜぇ~。


 慌てて弁当を掻き込む俺様。

 もはやその様子は割り箸でつまんだご飯やチキンを、食べ物ではなくカロリーの数字に見立てて、腹に押し込むことによって俺様の脳内ステータスに表示される備蓄カロリーの数値をあげる作業と化していた。

 何とか弁当を平らげ、お茶という水分を補給した俺様。

 時刻は十二時三十五分頃。よし、何とか間に合ったか。


 腹がふくれ午後のまどろみなんか味わっている暇はない。すぐ撮影なんだ。

 とは言うものの、時間になっても一向に撮影現場へ移動する気配はない。

 さすがに休憩が三十分以下の人もいるんだ。ここはスタッフの皆さんが我らエキストラに忖度そんたくしたかな。

 おっと、この時点ではまだ流行語にすらなっていなかったな。


 時間までベンチに体を預けて休む俺様。

 今思えば、お弁当とお茶が出て、背もたれのあるベンチに座れるこの状況はある意味とても恵まれているだろう。

 野外ロケの休憩時間なんか椅子に座れたり、ワンボックス車の中で休憩できるのは看板役者さんで、エキストラさんは地べたに座ってお弁当、しかも自分で用意した手弁当を食べているのが俺様のイメージだ。


 もっとも、いくら天下のNHK様の一般参加エキストラで交通費自腹はしょうがないとしても、手弁当だったりしたら

『視聴者を馬鹿にするな!』

と、それこそ誰も来ないだろう。


 そんなこんなでスマホをポチポチといじっていると、スタッフさんのハンドマイクが響く。

『それでは午後の撮影に入りま~す。再び下へ移動してくださ~い』

(ぬぉぉぉぉ~~!)

 全骨、全筋肉、全神経を使って、ベンチに根を生やした俺の尻の肉を引き離し、何とか立ち上がる。

 この情景も無理に想像しなくていいです。キモイから。


 のびをし、膝、足首を回し、ふくらはぎの筋を伸ばす。

(よっしゃ! 行くか!)

 撮影という戦場へ、再び俺様は足を向けたのである。 

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