お待たせしました! 主演様のご登場です!!
言い忘れていたが、ストーブの描写からおわかりのように、私は再び駅構内へと戻ることができた。
話が西部劇でおなじみの草、タンブル・ウィードのようにあっちこっち転がるのはどうか勘弁して欲しい。
ちなみにあの草、分類ではオカヒジキ属に含まれる。陸に上がったひじきか、なるほど。
もっとも、脂ぎった肉団子という、最大限に譲歩してかわいく表現した私の体は相変わらず駅構内を何回も転がされる羽目となる。
読者の皆様の中には、こんなメタボ親父がのたうち回る情景も、いいかげん飽きるどころが食傷気味になってきたであろう。
いや、私は一行にかまわない。
しかし、読者のお気持ちを最大限に考慮するのが、物書きと呼ばれる方々の足下にへばりつく私である。
いい頃合いだ。記憶をたどると確かにこの時間帯だ。
そこへ、撮影現場に現れる百人近い地元の中学生!
まさに、金の卵ともてはやされた学生が集団就職のため、上野駅に大挙して押し寄せたこのシーン。
そう! わかっているね。この撮影の真の目的!
メタボ親父である俺様の輝かしいスターへの第一歩では決してありません。悔しいけど……。
朝の連続テレビ小説におけるストーリーの転換期。
農作業を手伝いながら、これまで主人公は地元の高校に通っていました。
しかし、行方不明の父親を捜すため、主人公は東京へ集団就職する道を選ぶ。
客車から上野駅へと降り立つ主人公と幼なじみ一行!
現れたのは真っ赤なコートを身に
……お待たせしました!
主人公を演じる主演様のご登場で~す!
うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!
ヒュー! ヒュー! ヒュー!
……すいません、肖像権の関係でお名前やご尊顔はございません。
先の母親役の女優さんと同じように、主演様も我々に挨拶をしてくださいました。
「このたび、朝の連続テレビ小説『ひよっこ』におきまして、主人公○○役をやらせていただくことになりました○○と申します。本日はお寒い中……(うろ覚え)」
ハンドマイクを手に持ち、笑顔で挨拶をなさる女優様。
役に立たない冬の太陽より眩しい笑顔をありがとうございます!
パチパチパチ! と我らエキストラは暖かい拍手を送る。
主演様の後ろには、一緒に上京してきた主人公の幼なじみの役の方達も控えておりました。
主演様のご登場により、心なしか現場のスタッフさん達にも緊張の空気が漂う。
いえ、今までが決して手を抜いていたというわけではありません。
人間、すべての時、すべての状況において100%の力や神経を維持することはできません。
あの地上最速のチーターでさえ、最高速度を出せるのはほんの数秒程度です。
視聴者だって、一話十五分、目をこらして観ているわけではないのです。
主役を演じる主演さん、お目当ての看板役者さんが出てから目を向けるのである。
上野駅の雑踏を彩る通行人のエキストラを注目してくださる視聴者というのは、おおむねエキストラさんの家族親類、友人等である。
俺様の場合は本編放送の時、あらかじめ友人に話を通したのにもかかわらず
『観るの忘れていた』
『そうだっけ?』
という、ありがたいお言葉を頂戴したのである。
もっとも、先に述べたとおり、本編には私の姿なぞ影も形も写っていなかったから、むしろこれでよかったのだ。
あれ? 花粉症かな? 俺様の眼から鼻水が……。
挨拶も終わると撮影再開!
主演様以下看板役者さん。
監督さん以下スタッフの皆さん。
集団就職の中学生の方達。
そして、我ら通行人のエキストラ役の人間を合わせると、一気に二百人以上の人間が駅構内を満たします。
その中でメインのシーンは、集団就職の中学生の中に混じって駅構内へやって来る主人公とその幼なじみの一団。
これまで半分お任せで歩き回っていた我らエキストラにも細かい指示が入ります。
確かに、主演様以下中学生の列を邪魔するわけにはいかないですね。
そして、俺様も指示を受けます。役名は、『切符を買う中年親父』。
スタッフロールにはそんな役名はございません。今、即興で考えました。
シーンとしては、駅のホームを見立てたメインスタンドから駅構内のセットがあるグリーンスタンドへ、主演様が混じった集団就職の団体がぞろぞろとやってきます。
私はその横をかいくぐり、切符の窓口へ行き、切符を買うフリをします。
……おわかりいただけたであろうか?
俺様の目の前には、切符の窓口。
その後ろを、主演様、看板役者様を引き連れた一団が通り過ぎる。
そう! この俺様は再び、役者様の演技を拝見することができなかったのである!
『なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!(吐血)』
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