学徒動員!?

 そんな俺様の心の叫びがスタッフさん達に届いたのか知らないが、メイクのお姉さんが使い捨てカイロを配り始めた。

 一応、着物の下、フリースの上に着ているベストのポケットに一つ入っているのだが、せっかくだからもらっておこう。


 左右のポケットにカイロが一つずつ、うむ、お姉さんのお心遣いとカイロの熱で、くじけた俺様のバディもソウルも何とか持ち直す。

 なるほど、こうした心遣いがあってこそ、撮影というものは進んでいくものか。


 あまり関係ないかもしれないが、コメディアンであり世界的映画監督でもある御方が、ある時テレビでおっしゃった言葉。

 ヤクザ映画で主役が敵討ちのため、相手の組に殴り込むシーンにおいて、三下のチンピラ役のエキストラさん達が主役を取り囲むシーン。

 カメラさんは主役の真正面に位置しているため、少しでも写りたいとエキストラさんは主役の後ろに回り込む。

 その監督さん曰く、そういうエキストラさんは抜擢ばってきしないそうな。


 むしろ、取り囲むシーンならば主役の前に立ちふさがり、あえてカメラに背中を見せるエキストラさんに何かやらせるとおっしゃってた。たとえば

『主役に立ちふさがったんだから、おめぇが最初に啖呵たんか切れ』とか

『最初に斬りかかれ』とか。

 シーンにおける最初の啖呵や斬り合いだから、カメラはそのエキストラさんをアップで写す。


 『主役を食う』という言葉があるように、こと撮影現場では”俺が!””私が!”と思われがちだが、一つの映像を創るにあたり個々の役割を理解し、そのシーンの空気を読み、スタッフさんや他の俳優に気遣い、そして自信の最高の演技をする人ほど、より高見へ飛び立つのだろう。


 先日お亡くなりになったある俳優さんがいい例であろう。

 この方は、まさに先に述べた映画監督さんが電話番のエキストラのオーディションから抜擢され、その監督さんが創る映画にとって欠かせない俳優になられた。


 主役どころか役名すらつかない電話番のオーディションだが、この俳優さんはおそらく全力で、そして映画の雰囲気を読み取り、それにマッチした演技をされたのだろう。

 なぜなら、主演だろうがエキストラだろうが、カメラが回った瞬間! フレームの中にいる人が主人公なのだから。


 初めて撮影現場に入り、エキストラ歴たった十六時間の俺様がこんなえらそうなことを申し上げるのもおこがましいが、映画やドラマを百回見るより、一度は何らかの形で撮影現場に関わることになれば、より見識が広がるのである。


 これこそ百聞は一見にしかず。


 つい先日までドラマの撮影やエキストラさんなんて自分の人生には縁がないと思っていた俺様が、いきなりこんな駄文を書いているのがいい例である。


 とは言うものの、撮影現場の中にも弱肉強食の世界は存在する。

 それは、北風吹き荒れる撮影現場に置かれた石油ストーブである。


 撮影のチェック時間にスタッフさんが円柱状の、正に昭和のストーブをどこからともなく運んできて、撮影場所のあちこちに置く。

 『寒い!』『寒い!』と口ずさみながら、砂糖に群がるアリのようにストーブの周りに集まる、俺様を除くエキストラさん達。

 改めて見直すと、すごい失礼なこと書いているな俺。

 ちょ! さっきまで弱音どころか寒いすら口に出していなかったのに、何その変わり身の早さ!


 え? 強がりやかっこつけず、てめえもストーブにあたればいいのにって?

 実はそんな幻聴が聞こえるほど、フリースの裾をすね毛丸出しの膝上までめくられた俺様の脚は感覚がないほど凍えてしまい、ストーブに当たる場所取りのスタートダッシュに出遅れたのである。

 その姿は椅子いす取りゲームにおいて、椅子に座れなくて呆然と突っ立っている人を思い浮かべてくれればいい。


 ストーブが見えないほど取り囲むエキストラさん達。

 もちろん、他のストーブも同じ状況である。

 さすがに年配の方や女性もいらっしゃるので、クヌギの木の蜜を欲しがるカブトムシがその角でヲラヲラヲラ! と、カナブンやスズメバチをかき分けるようにはいかない。


 おそるおそる近づき、ストーブを取り囲むエキストラさんの脚の間から漂う赤外線のおこぼれを両脚にいただく俺様。

 ふぅ~~う。やっぱりしょぼい赤外線や紫外線を放つ冬の太陽なんかと違って、人間の英知で造った炎と赤外線の味は格別だぜ!


 凍えた俺様のすねも徐々に感覚を取り戻してゆく。

 いきなり石油ストーブの直火焼きになるより、むしろこの方がよかったんじゃないかと、一人負け惜しみを心の中でつぶやく。


 そうこうしているうちにあたりが騒がしくなる。

 突如現れた黒づくめの学生服、セーラ服姿の中学生。

 あ、セーラー服を着ているのは女子です。どうぞご安心を。

 その数、おそらく百人はいるであろう。

 チョ待てよ! 彼らもエキストラ? 

 ひょっとしてプロの子役さん!? それを百人も!

 ヲイヲイ! 金があるなNHK。


 ……と不埒なことを考えていたがなんのことはない、近所の中学校から動員されたらしい。

 いいなぁ~今の中学生は。こういった社会勉強も授業のうちだからな~。

 俺様が中学生の時なんか……とノスタルジーと黒歴史を交互にフラッシュバックさせていたが、大丈夫か?

 ひょっとして今から彼らを一から教えるんじゃないだろうな?


 ただでさえ好奇心旺盛な十代前半だぜ。

 それこそ上京したばかりのお上りさん状態で騒ぎまくったり、あちこち動き回るんじゃないだろうな?

 困るぜぇ~俺たちの足を引っ張らないでくれよ~と先輩ヅラして偉そうにふんぞり返る俺様。

 先に申し上げておくが、彼らの演技は完璧だった。

 それこそ子役さんが参加されたと思われるほど。


 よく考えてみると日本の学校教育においては、合唱コンクールから運動会、修学旅行から卒業式においてまで、徹底的に下準備や練習をしてくるのである。

 つまり、この撮影現場に来るまで、彼らは体育館とかで猛練習をしたのであろう。


 う~ん。前日まで惰眠をむさぼっていた俺様からしてみれば、むしろ彼らからお叱りを受けてもおかしくないのである。ハハァ~(土下座)!

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