第4話 病棟学校
その昔。十歳くらいだったか。不治の病で僕は二十歳を過ぎる前に死ぬと主治医に宣告された。言われたその瞬間にはよく意味がわからなかった。死という言葉は、割と溢れている。映画やドラマ。クラスメイトと遊ぶ時も死ねとか言うし、そんなに大変な事態なのかな――とわからずにいた。
両親と付き添いにきていた両祖父母が医者の言葉を訊いて取り乱し、大袈裟だなぁと感じた。
その日から僕は病院という病院で検査を受ける生活が始まった。現状どこも悪い所はないのに、学校には行けず外で遊ぶことも禁じられた。元々外に遊びに行くようなタイプではなかったので、おねだりすれば好きな漫画やゲームを買ってくれておおいに喜んだ。今にして思えば図太いというか図々しいというか。神経が太かった。でも、そういう僕の姿に、親はいくらか安心していたのだと思う。
そんな生活は四年間続いた。海外に渡り、最先端の医療技術を持った病院でも検査を受けた。診断結果は同じ。
――間違いなく、僕は、死ぬ、と。大金を失って両親は認めるに至った。
精神的にも金銭的にもそろそろ限界で、僕はある施設へと入ることになった。
憔悴しきった両親に「少し距離を置くべきだ」と祖父が言ったのが切っ掛けだった。僕もその方がいいと感じていたし、罪悪感に駆られながらも両親は承諾した。
その施設は不治の病の患者を一カ所に集め研究する機関だった。治療ではなく、研究というのが肝。ここでは、不治の病の患者を提供したものにそれ相応の報酬を支払うという形が取られている。
病院というよりは学校に近い感じで、施設の外には僕と同じくらいの子供が遊んでいた。本当にここは病院なのかな、という印象を持ったくらいだ。
病院棟と居住棟は連絡通路で繋がっている。居住棟には、僕の個室まで用意されていて、一緒に来た両親は安心した顔をしていた。
少し離ればなれになるけど、月に一回は会いに来るから。と言って居住棟四階の僕の部屋で両親と別れた。
一人きりになった部屋で、漫画を読んでいると僕の担当医二人が部屋へと訊ねてきた。
「こんにちは、少し話をしたいんだが、いいかな?」
斎賀芳治とマタビ・アルシュホン――二人は長年僕の病気について研究しているのだと説明された。
「治る見込みはありますか?」
と僕は二人に初めて会った日に訊ねた。
二人は顔を見合わせて、小さく頷くと、
「ない」
とはっきり答えてくれた。
これまで行った病院では、ここまではっきりとは言ってくれなかった。「何らかの治療法が見付かれば、或いは」「非常に難しい病気なので何も起きない可能性もある」「奇跡が起これば」とか、色々言葉を並べてはいたけれど。この二人は、もっとはっきりと言ってくれた。可能性なんかないんだって。
「例外なく、君の病気の患者は二十歳前後で死ぬ。治療法はない」
斎賀はそれから僕にもわかるように説明してくれた。どういったメカニズムなのか。所々難しかったけれど、雰囲気で伝わった。喩えるならば、腫瘍が移動しているらしい。切除しようとすると、別の場所へと逃げてしまう。厳密には違うけれど、手術不可能の難病であることはわかった。
「そうですか」
あっさりと僕は納得した。そもそも、死ぬのは怖くなかった。
「君は、死ぬのが怖くないの?」とマタビは訊ねてきた。斎賀もその横で口を手で覆うような仕草をして僕の返答を待っていた。
「……よくわからないんですけど、どうしてそんなに死ぬのを怖がるんですか?」
「わからないなら、そのままの方がいいかもしれないね」
斎賀はそう言って僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「でも、突如として特効薬というのは生まれるものなんだ。ここは、研究施設でもあるけど、今日行く機関としての役割も担っている」
「院内に、患者達のための学校があるの。君もどうかな?」
「学校……」
何だか、とてつもなく懐かしい響きだった。胸の奥から熱いものが込み上げてきた。ああ、そうだ。学校は楽しかった。
病気が見付かってからの四年間、そこまで多くの不満はなかったけれど、学校に行けなくなったことが心残りだった。諦めていたからこそ、胸がざわめいた。
「行きたいです」
「なら、決定だ」と斎賀は言った。「明日、君をクラスのみんなに紹介する。自己紹介を考えておくこと」
本当に久しぶりに、僕はわくわくしていたと思う。
優しい時間が続きますように 姫井珪素 @Himei_Keiso
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