第3話 血の契約
金の亡者だとか、鬼だの悪魔だの過去に言われた経験はあるのだが――だ
が、しかし振り返ると、まぁ確かにそう言われるようなことを沢山してきた。
僕が原因で命を絶った人も中にはいるかもしれない。仁村に法遵守の精神があ
ると驚かれるのも無理なかったかもしれない。
しかし悪逆非道に堕ちるのは大体金に余裕がないときだ。今回は支払い期限
に余裕がある。なんなら来月分まで払ってしまえる。
何しろ彼女の治療には年間五百万もの維持費が必要となる。そのために様々
な方法(時にはきな臭い仕事)で金を稼いできた。織恵のお嬢様は気前良く、
報酬の前金として一千万を出してくれた。本当にあのお嬢様には頭が上がらな
い。
しかし、お金を受け取って逃げる可能性を考えなかったのだろうか。一千万
くらい端金ということなのか。
僕は待ち合わせのためT病院へと赴いていた。ベンチで鳩に餌を与えなが
ら、空を眺める。脳天気なくらいの晴天で、肌が少し傷む。
「少し待たせてしまったかな?」
何故だかセーラー服を来たマタビ・アルシュフォンがそこにいた。
艶やかな金髪を後ろで一本に束ね、首元には十字架のネックレス。古く使い
込まれた旅行鞄には、様々な言語のステッカーが貼ってある。
「何故セーラー?」
「似合わなかった?」
「凄い似合うけども」
「それは良かった。この前あった時、セーラー服は最高だ! って熱く語って
いたから、着てみた」
……僕が原因かよ。忘れてた。
「その……マタビ、元気だった?」
「お陰様で」
「それは良かった」
仁村が僕に百合絵の件を回した真意はわからないけれど、理由の一つはマタ
ビという協力な助っ人がいることに違いはなかった。
マタビは子供の頃に出遭った吸血鬼で僕にとっては歳の離れた姉の様な人
だ。
彼女は不死の祖先を殺す方法を探すため各地を旅していた。色々あって協力
関係を築き、僕は短い期間ではあるけれど、彼女の助手として不死殺しの秘術
を学び探求した。その知識は吸血鬼の中でも屈指で、恐らく彼女より吸血鬼に
詳しい人物は他にいない。
「いくつか訊ねたいことがあるんだ」
「私に答えられることなら、なんでもどうぞ」
軽く笑みを浮かべるマタビに、僕は少しだけ緊張をしていた。
「まず一つ目の質問なんだけど――吸血鬼から人間に戻る方法って見付かっ
た?」
不死殺し研究のアプローチとして一旦吸血鬼を人間にする方法についても探
求していた。
だから、進展があればいい―――と願望がこもった問いだった
「今もその研究は続けているが見付かっていない」
「……そっか」
残念な気持ちはあった。マタビで駄目なら、きっと数百年の歳月が必要にな
るだろう。
「どうしてそんなことを今頃訊きたかったの?」
「仕事で、人間に戻る方法を探してくれと、頼まれた」
「医者の若造か……」
苦々しい表情をマタビは浮かべる。基本的に吸血鬼は人間が嫌いだ。マタビ
はまだ嫌な表情を見せるだけだけど、酷い奴になると本気で襲い掛かってく
る。
「うん」
咳払いをして、次の質問に移る。
「次、隔世遺伝で吸血鬼になるってことはある?」
「ない。そもそも、我々と人間は別の生物だ。性交渉をしても子供は生まれな
い」
「まぁ……そうだよね」
「性交渉に興味を持つ年頃か」
「いや、そうではなくて」
「照れなくてもいいのに、何なら私が相手になろうか?」
マタビの頭を小突いて制止する。凄く楽しそうな顔をしているが、僕は今と
ても真面目な話をしている。それに、マタビは年増過ぎる。中学生くらいがベ
ストだ。
少し話が逸れてしまった。
閑話休題。人間と吸血鬼は全く別の生物だ。突然変異で突如として生まれた
不死の生命吸血鬼。進化も何もかもを無視して生まれた個体。繁殖には多様性
は必要なく、仲間を増やす方法は「血の契約」と呼ばれる儀礼だ。
手順を踏むことで、吸血鬼は人間を吸血鬼にすることが出来る。
だから、ある日突然吸血鬼になるということは有り得ない。
「マタビ、ルールを破った吸血鬼はどうなる?」
「一切の支援が受けられなくなるね」
吸血鬼も助け合いをして生きている。例えば不用意に自分の正体を明かして
はならない、無闇矢鱈に人間を殺してはならない。食糧を得るために仲間同士
の争いを禁じる――等など。ローカルルールも多少入り交じっているが、こと
「血の契約」についてはかなり厳粛に取り扱われている筈だ。
赤ん坊が親の助けなしに生きてはいけない。ある日突然吸血鬼にされたらど
うなるだろう。
人間を吸血鬼にする際は、合意の元、一人前になるまで面倒を見るというル
ールが存在する。
僕は、頭を抱えた。織恵家が何らかの理由で娘を不死にしたいとしたら、大
金を積んで実現してしまうだろう。
支援がなくても生きて行けることだろう。
「だから仁村は僕に彼女を紹介したのか」
代わりに面倒を見させるために。
「ねぇ、私の方からも一つ訊きたいことがあるんだけど、いい?」
「僕に答えられることなら何でも」
「――人間に戻りたいと思う時はある?」
その問いに対し、僕は……。
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