第6話 王都

 風鳴かざなりの丘を越え、ふもとの宿に着いた頃には、もう日が沈みかけていた。朝から晩まで歩き通しで、レインはへとへとになってしまった。

 ダグラス曰く、ここは一日のルートとしてはぎりぎりで、闇夜の森を抜けた所で一泊するか、大回りして森を避ける旅人もいるらしい。


 次の日は、徒歩ではなく乗合馬車での旅となった。レインが驚いたのは、街道が石畳で舗装されていたことだ。敷石は欠けもなく敷き詰められ、定期的にメンテナンスされていることが分かる。街中ならともかく、こんなに金と手間をかけている街道を、レインは初めて見た。

「王都が近いからな」

 馬車が走る騒音に負けないよう、少し大きめの声でダグラスは言った。

「今の王の政策なんだ。王都周辺の道はほとんど整備されている」

「魔物に壊されたりしないの?」

「積極的に駆除してるからな。おかげで冒険者が食いっぱぐれることは無い」

「ダグラスも王都に住めばいいのに」

「あそこの魔物退治は飽きるんだよ」


 そんな他愛もないお喋りに興じていると、

「お嬢さんは、王都は初めてなのかな」

 近くに座っていた、中年の男が話しかけてきた。足元には背負い紐の付いた大きな木箱。箱の上に、さらに袋入りの荷物を乗せている。商人だろうか。

「うん」

 レインがこくりと頷く。警戒するようなダグラスの視線を気にする様子もなく、男は人の好さそうな笑みを口元に浮かべた。

「なら、いい時に来たね。明日はパレードがあるんだよ」

「パレード?」

「うん。王女様が、お顔をお見せになるんだよ。十六歳のお誕生日でね」

「そうなんだ。王女様かあ、楽しみ」

 レインが言うのを、男はにこにこと嬉しそうに聞いていた。


 ダグラスの方に振り返ると、何とも言えない困惑の表情を向けられた。レインは首を傾げて言った。

「どうしたの?」

「……いや、そういう演技もできるんだなと思って」

「? 演技って?」

「……本気だったのか?」

 小声でぼそぼそと話し合う二人。馬車は、がたごとと街道を進んでいった。





 王都に着いたのは、ちょうど夕方頃だった。『着いた』とは言っても、馬車からは街の門のかなり手前で降ろされることになった。何故なら、街に入るための順番待ちで、長蛇の列ができていたからだ

「すごい人……」

 レインが呟く。ダグラスが苦々しい表情で言った。

「初めて見る数だな。パレードがあるからか」

「いろんな人がいるね」

 自分たちのような旅人姿が多いが、商人らしき身なりの良い者、使用人を伴った貴族、街の住人だと思われるラフな格好の者など、様々だ。

 だがダグラスは、少女の感想に肩をすくめた。

「レインがそれを言うのか?」

「あはは」


 二人は素直に列に並び、順番を待った。レインの身分を明かせば優先的に入れてもらえるんじゃないか、という案も出たのだが、やめておいた。迂闊うかつにばらすと余計な手間や、場合によってはトラブルの種になるかもしれない。

「しかし、まずいな」

「?」

「宿が空いてるかどうか」

「あ、そっか」

 延々と続く人の並びに、レインは目をやった。この分だと一時間以上かかりそうだ。


 結局、街に入れたのは日が沈んだあとだった。王都ではこれを使うように、と前の街でギルドマスターに渡された身分証を見せると、門番にひどく驚かれた。

「白金の冒険者?」

 街灯に照らされた大通りを進みながら、金属板に彫り込まれた身分証の文字を読んだ。自分は今、そういう身分ということになっているらしい。

 すると、隣を歩くダグラスが、ぎょっとしたように言った。

「白金だと?」

「うん」

 板を見せると、彼は呆れ顔で言った。

「マジだな……。便利は便利だろうが、面倒なことになるかもしれないぞ」

「すごいの?」

「最上級の冒険者ってことだ。今頃冒険者ギルドに連絡が行ってるかもな」

「そうなんだ」

 知らないうちにすごい冒険者になっていたらしい。まあ単なるズルなのだが、曲がりなりにもギルドマスターが認定した正式な身分だ。


「ダグラスは?」

「俺か? 俺のランクははがねだ」

「鋼……」

 レインは少し考えたあと、ぽつりと言った。

「あんまりすごくなさそう」

「……この年にしては珍しいんだぞ」

 ダグラスが傷ついたように言った。

 冒険者のランクは全部で八つあり、一番下は『の冒険者』らしい。最初は金属ですら無いとなると、なるほど鋼もそれなりにすごく聞こえる。上から数えて四番目らしい。

「白金は名誉称号みたいなものだ。特別な依頼クエストを達成した者なんかに送られる。実質的には二番目の黄金こがねまでいけば、実力的には最上位だ」

「その次は?」

「銀だな。一目いちもく置かれる冒険者というところだ。それから」

 と、自らの身分証を見せながら言った。

「鋼を持っていればどんな仕事でも受けられる。待遇は変わるが」

「そうなんだ。一人前の冒険者?」

「まあ……そうかな」

 まだ言い足りなさそうではあったが、それ以上は説明しなかった。


 不意に、ダグラスが何かに気づいたように言った

「レインの身分証があれば、ギルドで部屋を用意してくれるかもな」

「そうなの?」

「ああ。行ってみないと分からないが」

 少し間が開いたあと、レインは言った。

「でも、持ってる人いっぱい居るんじゃない? あんなに簡単にくれたんだし」

「いや、そんなことはない……はずだが」

 ダグラスは若干自信なさそうに付け加えた。

「まあ、とにかく行ってみよう。ギルドのあたりは人が多い。はぐれるなよ」

「うん」

 差し出された手を握る。左右に並ぶ店――残念ながらもうほとんど閉まっていたが――を眺めながら、レインはダグラスについて歩いた。





 白金の冒険者様に対して、ギルドはこころよく部屋を提供してくれた。ただ今日は訪問客が多いこともあって、二部屋用意するのは無理だと言われてしまった。

 ならどうするか、ということで二人は少しもめた。具体的には、ダグラスは別に宿を取ると主張し、レインは同じ部屋に泊まればいいと言い張った。

「森でも一緒に寝たじゃない」

 とレインは言ったのだが、ダグラスに狼狽ろうばいと閉口の間ぐらいの表情を返され、首を傾げる羽目になった。


 最終的には、ダグラスが折れた。風呂付きの豪華な部屋と、ふかふかのベッド、部屋での食事ルームサービスまであるという好待遇に負けたようだ。

「……うまいな」

「うん」

 次の日の朝、透かし彫りがほどこされた椅子に腰かけ、二人は柔らかいパンをかじっていた。久しぶりの美味しいパンを口にして、レインの顔がほころぶ。


「レインが城で食べているのも、こんな食事なのか?」

 不意に尋ねられ、テーブルに目を落とした。パンの他には、スープ、チーズ、ゆで卵が並んでいる。

「うーん、だいたい。あと、紅茶かな。たまにお菓子も」

「ふむ」

「豪華?」

「俺らにしたらな。少なくとも俺は、こんな柔らかいパンがあるとは知らなかった。この旅で初めて食べたよ」

「そうなんだ」

 レインはちぎったパンをじっと見つめてみた。自分にとってパンと言えばこれだ。最近お世話になっていたあの硬いやつとは、仲良くなれそうにない。


 食事を終え、二人は外に出た。様変わりした街の姿を見て、レインは目を見開いた。

 色が、あふれていた。

 空中に張り巡らされた綱には、びっしりと並んだ七色の小さな旗がはためいている。道の至る所に、花が詰まったプランターが置かれている。誰がいているのか、カラフルな紙吹雪が舞っている。通りにひしめく人々の衣装も、心なしか華やかだ。

にぎやかだね!」

 レインは小さな子供のようにはしゃいだ。ダグラスは優しい笑みを浮かべ、少女の手を取る。

「パレードを見に行くか」

「うん」


 大通りに出ると、人の密度はさらに増した。全身鎧を着た兵士が、人ごみを整理しようと苦心している。

「あっ」

 道の向こうから、周囲に多数の兵士を従えた、四頭立ての大きな箱馬車がやってきた。純白の下地に青と金で装飾された客車の上から、空色のドレスと銀のティアラを身に着けた少女が顔を出していた。穏やかな微笑を浮かべ、小さく手を振っている。

「綺麗……」

 レインはうっとりとした表情でつぶやいた。


 やがて、馬車は人をかき分け通り過ぎていった。最後までじっと見送っていたレインだったが、ようやく視線を外してダグラスの方を見た。

「?」

 と、微妙な表情で見つめられているのに気づき、緩く首を傾げる。ダグラスは少し迷うような仕草をしたあと、こう言った。

「レインはああいうのはしないのか?」

「え、無理だよ。馬車なんて坂の下に転がっていっちゃう」

「いや、ドレスとか」

「お父様あんな服絶対買ってくれないもん。着る時ないからって」

「そういう言い方をされると急に所帯じみて聞こえるな……」

 などと話しながら、二人は通りを歩いていった。

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