第6話 王都
ダグラス曰く、ここは一日のルートとしてはぎりぎりで、闇夜の森を抜けた所で一泊するか、大回りして森を避ける旅人もいるらしい。
次の日は、徒歩ではなく乗合馬車での旅となった。レインが驚いたのは、街道が石畳で舗装されていたことだ。敷石は欠けもなく敷き詰められ、定期的にメンテナンスされていることが分かる。街中ならともかく、こんなに金と手間をかけている街道を、レインは初めて見た。
「王都が近いからな」
馬車が走る騒音に負けないよう、少し大きめの声でダグラスは言った。
「今の王の政策なんだ。王都周辺の道はほとんど整備されている」
「魔物に壊されたりしないの?」
「積極的に駆除してるからな。おかげで冒険者が食いっぱぐれることは無い」
「ダグラスも王都に住めばいいのに」
「あそこの魔物退治は飽きるんだよ」
そんな他愛もないお喋りに興じていると、
「お嬢さんは、王都は初めてなのかな」
近くに座っていた、中年の男が話しかけてきた。足元には背負い紐の付いた大きな木箱。箱の上に、さらに袋入りの荷物を乗せている。商人だろうか。
「うん」
レインがこくりと頷く。警戒するようなダグラスの視線を気にする様子もなく、男は人の好さそうな笑みを口元に浮かべた。
「なら、いい時に来たね。明日はパレードがあるんだよ」
「パレード?」
「うん。王女様が、お顔をお見せになるんだよ。十六歳のお誕生日でね」
「そうなんだ。王女様かあ、楽しみ」
レインが言うのを、男はにこにこと嬉しそうに聞いていた。
ダグラスの方に振り返ると、何とも言えない困惑の表情を向けられた。レインは首を傾げて言った。
「どうしたの?」
「……いや、そういう演技もできるんだなと思って」
「? 演技って?」
「……本気だったのか?」
小声でぼそぼそと話し合う二人。馬車は、がたごとと街道を進んでいった。
◇
王都に着いたのは、ちょうど夕方頃だった。『着いた』とは言っても、馬車からは街の門のかなり手前で降ろされることになった。何故なら、街に入るための順番待ちで、長蛇の列ができていたからだ
「すごい人……」
レインが呟く。ダグラスが苦々しい表情で言った。
「初めて見る数だな。パレードがあるからか」
「いろんな人がいるね」
自分たちのような旅人姿が多いが、商人らしき身なりの良い者、使用人を伴った貴族、街の住人だと思われるラフな格好の者など、様々だ。
だがダグラスは、少女の感想に肩をすくめた。
「レインがそれを言うのか?」
「あはは」
二人は素直に列に並び、順番を待った。レインの身分を明かせば優先的に入れてもらえるんじゃないか、という案も出たのだが、やめておいた。
「しかし、まずいな」
「?」
「宿が空いてるかどうか」
「あ、そっか」
延々と続く人の並びに、レインは目をやった。この分だと一時間以上かかりそうだ。
結局、街に入れたのは日が沈んだあとだった。王都ではこれを使うように、と前の街でギルドマスターに渡された身分証を見せると、門番に
「白金の冒険者?」
街灯に照らされた大通りを進みながら、金属板に彫り込まれた身分証の文字を読んだ。自分は今、そういう身分ということになっているらしい。
すると、隣を歩くダグラスが、ぎょっとしたように言った。
「白金だと?」
「うん」
板を見せると、彼は呆れ顔で言った。
「マジだな……。便利は便利だろうが、面倒なことになるかもしれないぞ」
「すごいの?」
「最上級の冒険者ってことだ。今頃冒険者ギルドに連絡が行ってるかもな」
「そうなんだ」
知らないうちにすごい冒険者になっていたらしい。まあ単なるズルなのだが、曲がり
「ダグラスは?」
「俺か? 俺のランクは
「鋼……」
レインは少し考えたあと、ぽつりと言った。
「あんまりすごくなさそう」
「……この年にしては珍しいんだぞ」
ダグラスが傷ついたように言った。
冒険者のランクは全部で八つあり、一番下は『
「白金は名誉称号みたいなものだ。特別な
「その次は?」
「銀だな。
と、自らの身分証を見せながら言った。
「鋼を持っていればどんな仕事でも受けられる。待遇は変わるが」
「そうなんだ。一人前の冒険者?」
「まあ……そうかな」
まだ言い足りなさそうではあったが、それ以上は説明しなかった。
不意に、ダグラスが何かに気づいたように言った
「レインの身分証があれば、ギルドで部屋を用意してくれるかもな」
「そうなの?」
「ああ。行ってみないと分からないが」
少し間が開いたあと、レインは言った。
「でも、持ってる人いっぱい居るんじゃない? あんなに簡単にくれたんだし」
「いや、そんなことはない……はずだが」
ダグラスは若干自信なさそうに付け加えた。
「まあ、とにかく行ってみよう。ギルドのあたりは人が多い。はぐれるなよ」
「うん」
差し出された手を握る。左右に並ぶ店――残念ながらもうほとんど閉まっていたが――を眺めながら、レインはダグラスについて歩いた。
◇
白金の冒険者様に対して、ギルドは
ならどうするか、ということで二人は少しもめた。具体的には、ダグラスは別に宿を取ると主張し、レインは同じ部屋に泊まればいいと言い張った。
「森でも一緒に寝たじゃない」
とレインは言ったのだが、ダグラスに
最終的には、ダグラスが折れた。風呂付きの豪華な部屋と、ふかふかのベッド、
「……うまいな」
「うん」
次の日の朝、透かし彫りが
「レインが城で食べているのも、こんな食事なのか?」
不意に尋ねられ、テーブルに目を落とした。パンの他には、スープ、チーズ、ゆで卵が並んでいる。
「うーん、だいたい。あと、紅茶かな。たまにお菓子も」
「ふむ」
「豪華?」
「俺らにしたらな。少なくとも俺は、こんな柔らかいパンがあるとは知らなかった。この旅で初めて食べたよ」
「そうなんだ」
レインはちぎったパンをじっと見つめてみた。自分にとってパンと言えばこれだ。最近お世話になっていたあの硬いやつとは、仲良くなれそうにない。
食事を終え、二人は外に出た。様変わりした街の姿を見て、レインは目を見開いた。
色が、
空中に張り巡らされた綱には、びっしりと並んだ七色の小さな旗がはためいている。道の至る所に、花が詰まったプランターが置かれている。誰が
「
レインは小さな子供のようにはしゃいだ。ダグラスは優しい笑みを浮かべ、少女の手を取る。
「パレードを見に行くか」
「うん」
大通りに出ると、人の密度はさらに増した。全身鎧を着た兵士が、人ごみを整理しようと苦心している。
「あっ」
道の向こうから、周囲に多数の兵士を従えた、四頭立ての大きな箱馬車がやってきた。純白の下地に青と金で装飾された客車の上から、空色のドレスと銀のティアラを身に着けた少女が顔を出していた。穏やかな微笑を浮かべ、小さく手を振っている。
「綺麗……」
レインはうっとりとした表情で
やがて、馬車は人をかき分け通り過ぎていった。最後までじっと見送っていたレインだったが、ようやく視線を外してダグラスの方を見た。
「?」
と、微妙な表情で見つめられているのに気づき、緩く首を傾げる。ダグラスは少し迷うような仕草をしたあと、こう言った。
「レインはああいうのはしないのか?」
「え、無理だよ。馬車なんて坂の下に転がっていっちゃう」
「いや、ドレスとか」
「お父様あんな服絶対買ってくれないもん。着る時ないからって」
「そういう言い方をされると急に所帯じみて聞こえるな……」
などと話しながら、二人は通りを歩いていった。
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