紫の空と静かな海
マギウス
第1話 紫色の空
週に一度は目にするこの紫の空も、しばらく見ることは無いだろう。これほど広い範囲で
バルコニーの
空の色を写したかのような
テーブルに並んだ色とりどりの砂糖菓子を、ぼんやりと眺める。菓子は、一目で一級品だと分かる、
今日は、少女の十六回目の誕生日だった。と同時に、望まぬ旅立ちの日でもある。
「レイン様、そろそろご覚悟下さい」
バルコニーの入り口付近に控えていた侍女の一人が、
「ほんとにやるの?」
「当然です。王妃様のお言いつけですから」
「うう」
レインは小さく
「それでは失礼致します」
侍女が背後に回る。手には
じょきり、と音を立て、髪が大胆に切り落とされた。
侍女は無慈悲にじょきじょきと鋏を動かしていく。切り終わったら、肩までの長さになっていることだろう。旅に出るなら長い髪なんて絶対駄目だ、とお母様に言われてしまったのだ。
やがて鋏の音が
「お似合いですよ、レイン様」
「帰ったら絶対また伸ばすから」
レインは唇を尖らせて言った。
「姫様ー! レインディア様ー!」
出し抜けに、地の底から響いて来るかのような
そもそも、長ったらしい『レインディア』という本名で自分を呼ぶ者など、ほとんど居ない。
「ここに
バルコニーの入り口の扉が、勢いよく開いた。凝った装飾が
現れたのは、金属製の部分鎧に身を包んだ白髪の老人だった。がしゃがしゃと音を立てながら、彼は年齢を感じさせない機敏な動作で近付いてきた。
「さ、参りましょう。時間ですぞ」
「分かってるって」
レインは
◇
両親に、つまりはこの国の王と王妃に見送られ、レインは城を出た。横には先ほどの老人が、大きな荷物を背に付き従っている。
振り返ると、質素な、だが巨大な城の後姿が視界を埋めていた。高価だが量産できないいくつかの特産品で成り立っているこの
二人が進む先には、険しい山道が伸びていた。ごつごつした岩の合間を
城からどの方向に進んでも、すぐに同じような山にぶつかる。一部の商人を除けば、旅人すらも寄り着かない辺境の地だ。魔力風の影響か、滅多に魔物が出ないという大きな利点があるにも関わらず、不便がそれに
そんな閉鎖的な国だから、不可思議な因習も多数生き残っていた。例えば、王家の血筋を引く者は、十六歳の誕生日に旅に出なくてはいけない、と言ったような。
(はあ……)
レインは深く息を吐いた。まったくご先祖様もおかしな言い伝えを残してくれたものだ。何の意味があるのか分からないし、早くやめてしまえばいいのに。
もっとも、両親や、隣を歩く忠実な騎士ベルトランにそんなことを漏らしでもしたら、長々と説教を受けるだろうが……。
「ため息をつくのはおやめください、レインディア様。街に着いたら、王族らしく堂々と振る舞っていただかないと困りますぞ」
(王女だってばれないようにしなさいって言われてるし)
教育係の言葉を思い出す。平和な我が国と違って、どんな悪人が居るか分からないから、と。
それもまた
「レインディア様、ご覧ください」
黙々と山道を進み、そろそろ足が疲れてきた頃に、ベルトランが不意に声をあげた。木々の間から顔を覗かせる、巨大な岩塊を指さす。
「あそこが頂上ですぞ。着いたら昼食を取りましょう」
「うん」
レインはこくりと頷いた。
ドラゴンの牙のように尖ったその岩は、空に向かって崖から斜めに突き出していた。ベルトランに手を借りながら上に登る。
景色の片側は、山々に囲まれた自分たちの国だ。おもちゃのような城と家が、岩山のほんの
逆側を見ると、ますますそう思ってまう。森と草原が、どこまでもどこまでも広がっている。点在する街は、細い線で繋がっていた。馬車が通っているのが、辛うじて視認できる。
景色を眺めていたレインは、見たこともない『何か』が、真正面の遥か遠くに存在していることに気づいた。まるで地面を覆うかのように、一面に広がっている。
「あれってなに?」
「どれですかな?」
「あの青いの」
少女の指先が示す方向を、ベルトランは目を細めて見た。やがて、手をぽんと打ち合わせる。
「海ですな」
「あれが海なんだ」
山で育ったレインにとって、お話の中でしか知らない存在だ。一度は自分の目で見てみたいと思っていた。
この旅は、城付きの魔法士が一か月かけて行った占いの結果に従って、行く先が決められている。あの海の横を通り過ぎた少し先が、最後の目的地のはずだ。
レインは
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