滅亡まで、あと27日 前編

…誰かの声が聞こえる。

無鉄砲で、でも律儀でもある。

大切だったあの子。

気丈な少女。


「アヤトくん!!」

なぜ?なせ?君はここにいるの?


「アヤトくんってば!」

もうやめてくれ。もうやめてくれ。もう…


「ねぇ!!」

だって、だって君はもう。既に…





「アヤト…」

もう…死んでいるのに。



――――――――――――――――――――



「起きなさい!!」


はっと目を覚ます。

目の前にはチトセの姿。

怒った姿は、息子を起こしに来た母の姿そのもの。

少しちっこいが。


毛布から早く抜け出したいのだが、暖かい温もりが二度寝を促す。


「朝早く出発って言ったのは誰かしら。」

「誰って…」

「あ・な・た・よ!」


眠気を飛ばす声。


窓を覗くと太陽は既に昇っており、南中する気満々の光が俺を焦らせる。

というのも、本来は日の出前に起床する予定だったのだ。


「やばい!」


ベットから抜け出し、自称音速スピードで身支度を整える。

その間に、呆れた顔のチトセは宿の外へ。


急いで宿を出てチトセの元へ。


「で?これから首都へ行くんでしょ?」

嘆息を漏らしてチトセは言う。


「まぁ、そういうこと。首都までの足を確保することが最優先だな。時間も無いし。」


「あなたのせいだけどね。」

冷笑される。

そんなに愚弄しないでくれ。

俺の心がもたない…



――――――――――――――――――――



馬車の中。


あの後、無事に馬車を確保して、今先程馬車に乗ったばかりなのだが…


これから、四面楚歌の状態であることを思い知らされる事になる。


あとで思えば、覆水盆に返らずとはこのことである。



――――――――――――――――――――




ガタン、ガタンと揺れる馬車。


「いい天気ですね。」

と、御者の問いかけ。

顔に白ひげを生やした饒舌な爺さん。


「そうですね。」

適当に話を終わらす。


不意に横を見ると、チトセが座って今のだが、どうも様子がおかしい。


顔を染め上げて、目の焦点が合わないのか、フラフラしている。

それに、息が少し荒い。


「チトセ、動くなよ。」


チトセの前髪を上げて、額に手を当てる。


「やっぱりな。こりゃ熱だ。」

「で、でもっ。これからっ、たいせつな仕事が…」


「まずは寝てろ。着くまで少しかかるし…」


そう言うと、抵抗する訳でもなく、案外あっさりと椅子に横たわった。


「ありゃま、お嬢さん。体調が悪いのですかな?」

「そのようですね。着くまで寝させて置いていいですか?」


「いいですとも。」

と、鷹揚な態度で頷く。

とても温厚な人で助かった。


「少し横暴なことを申しますが、私はここ最近誰とも話相手がいないのですよ。もしよろしければ、この老人の世間話を聞いてもらえないでしょうか?」


と、突然言われたが、断る理由もない。

「いいですよ。」


「ありがとうございます。私が若い頃のことです。友人とともに喫茶店に訪れた時のことです。」

「彼は頼んだコーヒーを口にして『このコーヒーはコクがすごいな!』と、言いました。ここで問題。彼は一体何を飲んでいたのでしょうか?」


まさか、問題を提示させるとは。

「『何を飲んでたのか』っていうことはコーヒーでは無いのですか?」


「えぇ。コーヒーではないのです。多分。誰も正解に導くことは出来ないと思います。答えが普通じゃないので。なぞなぞでもなければ、知恵を使う問題でもないです。」

と、笑い出す老人。


「リタイアです。見当もつきません。完敗です。」


「そうですか、そうですか。では正解の発表です。と、その前に、罰ゲームとしてこれを飲んでもらいましょう。」


と、言えば、いつから仕込んであったのか、黒い液体の入った瓶をバックから取り出し、こちらへ差し出す。


「こ、これは?」

「罰ゲームですよ。間違えたんですから、ね?飲むでしょ?」


先程まで温厚だった姿は一変し、どこからか狂気が垣間見える。


老人は馬を止め、馬車の中へ入る。

獰猛に激変した老人は瓶の蓋を開ける。


「飲め!!!」

と、叫び、瓶で足を殴る。

「ゔっ!っっ。」


瓶は割れてはいないが、俺の足の骨が割れたような音はした。


立てなくなり、地面に倒れる。

その隙に老人は俺の上に乗って、体を抑える。

「さっさと飲め!殺すぞ!!」


体を押さえつけられながら瓶の口を強制的に、口に入れられる。


苦い液体が口の中に入る。

吐き出すことは不可能で、次々と胃に入る。


―――もうダメかもしれない。死ぬかも…


目の焦点が合わなくなり、老人の表情すら伺えない。きっと笑っているに違いない。


音も聞こえなくなり、だんだん意識が…


そうだ。チトセを助けなきゃ…



――――――――――――――――――――







黒い視界の中に、白い光。


ゆっくりと目を開く。


誰もいない部屋。

他にも聞こえない部屋。


真っ白な部屋にただ1人。


きっと死んだのだろう。

チトセを助けることも出来ず。


「アヤト…」

また君か。何しに来たんだ。


「約束忘れたの?」

約束?忘れるわけがないだろう。


それにしても、きみはなんでここに?


ねぇってば!


「チトセちゃんのこと。」


チトセ?チトセがどうしたって言うんだ。


「君はまだ気づかないの?」

なんだよ。なんのことだよ。


「君は昔から鈍感…」


「一度しか言わないよ。」



「よく聞いてね。」



「チトセちゃんの秘密。」




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