第7話 話し合い

お風呂での一件があってから三日後の土曜日。

鷲が雫の家に転がり込んでから初めての休日を迎えた。

今日までの三日間、雫は朝早くから仕事に追われ夕方帰ってきてすぐに就寝、と鷲に構っている時間がなかった。

そして疲れている雫を見た鷲は、柄にもなく必要以上に干渉してこなかった。


雫は、鷲と状況を整理し話し合う時間が足りていないと気づき、いつかの食事中に「土曜日に話があるからあけておいて」と伝えた。

ふと、鷲に曜日感覚はあるのかと疑問に思ったが、頭が勝手に悩みの種が増えることを拒み、働くことを止めた。

伝えた後に鷲が面倒臭そうな顔をしていたので、多分大丈夫だろう。




そして今日、やっとゆっくり鷲と話すことができる。

聞かねばならない事が多すぎて結局今日までまとまらなかった為、話の中で絞っていくことにした。


朝食を終えた2人……いや、1人と1羽が向き合う。雫が床に正座しているのに反して、鷲は椅子に深く腰掛け器用に足を組んでいた。

このような状況になっているということは、鷲はしっかり雫の話を聞いてくれていたのだろう。


「何故儂が貴様の質問に答えないといかぬのだ?」


だが先に口を開いた鷲は、どうも不服そうだった。

少しは言うことを聞いてくれるようになったと安心していた雫は、その言葉に頭を抱える。


「先日言ってたじゃないですか、後で教えてやるって!」


「忘れたな」




「………………………年寄りですもんね」


雫は鷲に聞こえるよう、わざと挑発した。

ピクリ、と鷲の脚が動く。


「儂はまだ300歳だぞ!」


真っ赤にした顔を勢いよく雫に近づけ叫ぶ。大きな声に驚いた雫は思わず後ろによろけてしまった。

雫から、人間からすると十分すぎるくらい年寄りである。

いや、鷲界の中ではそこまで長寿ではないのかもしれない。



案の定噛み付いてきた鷲を見てニヤリと笑う。どうやら挑発作戦は大成功のようだ。





「で、とりあえず。なんでここにいたのか……ですね」


雫は一番気になっていた事を最初に尋ねた。

単に迷って山の方から都内まで来てしまったというのなら、信じられない話では無い。多分。


「………教えたくないな」


「なぜ?」


間髪入れず雫が問いかける。

経緯を教えてくれなくては、これからどう対処していけばいいのか全く分からない。

説明がとても難しいという理由なのか、ただ単に逃れる為の説明を考えているのか、鷲はうーんと唸り脚をバタバタ動かしている。

それを雫は不安そうに見つめる。

そして、何か閃いたようにポン!と手を叩いた。


………人間みたいだな。



「では、そうだな……儂は異次元から来た特別な鷲なのだ!!」


「では、って………明らかに作り話ですよね?」


思った通りの後者。

「何故バレたのだ!?」というように、

鷲はそっぽを向き無言を貫く気満々だ。


話をしたくないと言っていたのは、この事を聞かれると思ったからだろうか。

そこまで言いたくない理由が何なのか興味はあるが、無理に聞いても言ってくれそうにない。

雫は諦めて、違う質問をすることにした。


「じゃあ……なんで人間の言葉を喋れるんですか?」


その質問で、横を向いていた鷲が静かにこちらを向き首を傾げた。


「何を言っておるのか分からないが」


知らん顔で返す鷲にまた多少の怒りを覚えた。

が、先程のお茶を濁した回答と違い、今度は本当に疑問を浮かべているように見える。

少しの間押し黙っていると、鷲が浅く溜息をつきゆっくりと口を開いた。


「……貴様は、なぜ人間は言葉を話すのかと問われたら、なんて答えるのだ?」


今度は雫の頭に

言われてみれば確かに、人間はなぜ言葉を発するのかなんて考えた事もなかった。それが自然だったから…という理由が一番だが。


「……単純に、人間が生き物の中で発達したから?」


「それと同じようなものじゃ」



ということは、この鷲は成長に成長を重ね、ついには人間の言葉を話せるようになったというわけだ。


………そんなことがありえるのか?



それらしい理由に「なるほど…」と言って相槌を打ったが、雫は内心まだ納得出来ていなかった。


しかし人間が動物の進化に気づいていない、と言われると何も反論出来ないのも事実だった。

もっと外の世界に行けば、鷲が喋ることなんて当たり前なのだろうか。

常人には理解できない不思議な事が重なりすぎて、胡散臭いとしか思えない。



鷲と暮らしている時点で、雫はもう「普通」ではないのだが……。



by師綺 next→虚良

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