第6話 魔王様、ビルにビビる

 弥勒の転移してきた瑞子町みずねちょうは南北に細長い楕円に近い形をしていて、南半分は小高い山々が連なっている。

 山とはいっても原生林が生い茂っているような険しいものではなく、大半は人の手が入った里山であるが、最近は他の地方と同じように少子・過疎化が進む影響で荒れる傾向にあった。


 反対に北部は平野が多く、特に役場のある町の中心近くは隣接する地方都市のベッドタウンとしての開発が進んでいる。

 さらに人口の増加を見込んだ利に聡い者たちによって中規模な商業施設が造られて、それを売りにして宅地開発が加速していた。

 つまりニポンの全国規模で起きている人口の流出と集中の現象が瑞子町という一つの町の中で起きているのであった。


 たこ焼きを堪能した弥勒とジョニー――荷台の運転席側からは見えない位置にちゃっかり陣取っていた――を乗せて、克也が運転する軽トラは一路町の中心へと向けて北上を続けていた。


「随分開けてきたと思ったらこの辺りは農地なのか。育てているのは……ふむ、この気候から察するに麦の類いではなくイネか」


 なぜ弥勒が稲を知っているかというと、魔王をしていた元の世界にも近年のファンタジーにありがちな日本またはアジアに類似した地方があり、稲作を行っていたから――決してご都合主義ではない――である。


「冬の終わりから梅雨前にかけてなら小麦も植えてるぜ」

「二毛作か?しかしそれでは農地の負担が大きいだろう?」

「まあコメだけよりかは負担になるな」

「ん?コメだけなら連作が可能なのか?」

「水を張るから他の作物よりは続けて作れるぞ。それでも全く休耕しない訳じゃないし、毎年肥料を混ぜたりしていい土を作ってやる必要がある」


 克也とそんな会話をしていると、ジョニーからの念話が届く。


『旦那が真面目な顔して難しい話をしているっす……。びっくりっす』

『おいこらどういう意味だ!?』

『だって魔王なんて言ってたから、てっきりモヒカンでヒャッハ―な略奪生活をしていると思っていたっす』

『あのなあ……。それは魔王に対する偏見だ』


 ジョニーの余りに一方的でステレオタイプな想像に、呆れた声しか出てこない。


 そもそも対象とこちらとの彼我の差が大きくなければ略奪による生活など成り立たない。

 そして略奪を繰り返すことによって対象は疲弊してその数を減らしてしまう。

 しかし数とはそれ自体が力となるものであり、その差が大きくなり過ぎると今度は逆に駆逐されてしまうのだ。

 つまり対象の規模を適切に保つ必要があり、一時ならまだしも継続的に略奪を行うのは非常に難易度の高い行為だといえるのである。


 そんなことをするくらいであれば、自分たちだけでできることをする方がよっぽど簡単で建設的である。

 そしてそのできることの一つが農地の開発と改革であった。


 幸いにして弥勒の配下だった魔物たちは生命力が高く、寿命も長かったので、土の質が悪い魔族領であっても息の長い改良を行うことができた。

 その結果、パンに最適な小麦や酒の元となる大麦などが栽培され、隣接する人間たちの国に――表向きは敵対していたので、裏のルートからこっそりと――輸出されて外貨獲得源の一つとなっていたのである。


 ちなみに、魔王時代の配下たちにモヒカンスタイルで決めている者はいなかった。


 ジョニーにこんこんと説明と説教をしていると、ふいに日差しが遮られる。

 山間部を抜けてからというもの道沿いには農地が広がり、遮蔽物になりそうなものは存在していなかったはずだ。

 しかも夏至か近い今の時期は小腹が空くような時間帯であっても、太陽の位置はまだまだ高い。

 何が起きたのかと急いで後方を見て弥勒は唖然としていた。


「な、な、な、何だあれは!?」


 遠ざかり徐々に小さくなっていくその建物は、大きさだけでいえば小国の王宮にも匹敵するものだった。


「いや、ただの高齢者健康福祉施設だけど?ああ、デイサービスもやっているからでかいんだよ」

「高齢?でいさーびす?あれは王族や貴族の邸宅ではないのか?」

「貴族ってロクちゃん、また変なこと言いだしたな……。でも金持ちしか入れないってことから考えたら大間違いってほどでもないか……」


 とにかく高齢者用の福祉施設であることを伝える。

 しかし克也の家では高齢者であっても立派な戦力なので、数年前に学校で習ったこと――当然のごとく記憶はあやふやである――や新聞等で解説されていたこと、さらには知り合いからの又聞きが入り混じっていて、少々正確さを欠いたものであった。


「ふむふむ、そうやって先達の持つ知識や技術を後世に伝えていく訳か」


 ……少々というか正解の部分の方が少なかったようである。

 ただ、この場合は弥勒が自分の知識のみに当てはめて理解しようとしてしまったことも関係しているので、一概に克也の説明だけが悪いとはいえない。


「とりあえずそちらは一旦置いておくとして、カツのその態度からして先程のような建物は珍しいものではない、ということで合っているか?」

「そうだな。高(齢者)健(康福祉施設)なら十年くらい前からよく見かけるようになってきたな。瑞子町にも大小合わせると十件以上建っていると思うぞ」

「ああ、言い方が悪かったな。そうではなくて、あの程度の規模の建物は珍しくないのか、と聞きたかったのだ」


 はるか後方に過ぎ去ってしまったが、先程の高健の建物は五階建てで二十メートル弱の高さだ。


「うーん、この辺りにしてみれば大きいけど、珍しくはないな」

「そ、そうか……」


 弥勒にしてみればスケルトンの出産に立ち会ったとき以下略並みの驚きであったのだが、克也にさらりと言われて返す言葉を失っていた。


「ロクちゃんさあ、あれでビビっていたら町の中心に行ったら心臓麻痺起こすぞ」

「ビビってなどはいない。ちょっとばかり驚いていただけだ」


 心臓麻痺というのがどういう状態なのかはよく分からなかったが、からかわれているような感じだったのでとっさに強がっておく。

 その座を狙うものを含めて数多の魔物を従えて魔王業をこなすには、はったりをきかせることも時には必要なのである。


 そして数十分後、二人は町役場の前に立っていた。


「なあカツよ、ここにはこの町の長がいると言っていたな?」

「ああ。他にも町の業務のほとんどがここで行われているな」

「それにしては……小さくないか?」

「そんなもんだよ」


 当の役場は周囲の商業施設などに比べると、幾分見劣りするサイズだった。

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