第7話 魔王様、戸籍を得る
「本当にここでいいのか?何だったら一緒に手続きしても……」
「気持ちはありがたいが、子どもではあるまいし、そこまでしてもらう訳にはいかないな。
それにここにはそれを専属で行っている者たちがいるのだろう?ならば彼らの仕事を奪うような真似をすべきではないぞ」
それに魔法を使う必要があるしな、と弥勒は心の中で呟いた。
無事に役場へと到着して、これでお別れという段になって弥勒の世間知らずっぷりを心配した克也が、突如手伝いを申し出てきたのである。
普段であれば使えるものは何でも使う主義なので即答で受け入れたのだろうが、今回の場合、精神操作系の魔法を――下手をすれば建物内にいる人間全員に――かける――しかも暗示や思考誘導などを何重にも――必要がある。
その際、下手に弥勒のことのことを知る克也がいると、整合性が取れなくなり魔法が破綻してしまう可能性が高い。
そうなると不審人物として、この町やこの国、ひいてはこの世界全体から危険視されてしまうかもしれない。
はっきり言ってこの世界の技術力は弥勒の予想を超えた遥か彼方にある。
この技術力の前では魔族という種族の高い身体能力や、魔法が使えることのアドバンテージなど如何ほどもないだろう。
そんな相手に喧嘩を売るようなことは真っ平御免だ、というのが本心である。
「ほんとに大丈夫か?それじゃあ何かあったら俺の携帯端末に……ってロクちゃん端末持ってないし!とにかく番号だけ渡しとくから」
そう言って克也は懐からメモ帳を取り出し、十数桁の数字を書き連ねて弥勒に渡した。
「色々と世話になった。感謝する」
「よせやい、これが今生の別れって訳でもあるまいし。いくら広いって言っても同じ瑞子町に住むんだから、その内顔を合わすこともあるさ」
「それもそうだな。その時はまたよろしく頼む」
そして二人はがっちりと握手を交わした後、互いに背向けて歩き始めたのだった。
魔王様のご近所征服大作戦 ――友、そして別れ―― 完
………………。
さて、役場に入った弥勒は早速魔法を使って同じフロアにいる全ての人を暗示状態にした。
『うひゃあ、これが精神操作の魔法っすか。流石は旦那。効いていない奴はいないみたいっすね。……それにしても目が虚ろで不気味なことこの上ないっすね』
いつの間に移動してきたのか、軽トラの荷台にいたはずのジョニーが弥勒の肩の上で感想を漏らす。
『そうだな。この見た目の悪さがそこはかとなく不快でな。俺が精神操作系の魔法が苦手な理由の一つだ』
『一つっていうことは他にも理由があるっすか?』
それが弥勒の弱点に繋がるかもしれないと、勢い込んでジョニーが尋ねた。
『ああ。一番の理由としては、精神操作というと無茶苦茶悪っぽいだろう。だから苦手だ』
しかし返ってきた答えはまるで見当違いなものだった。
『…………はあ?……ちょっと待って欲しいっす。旦那は元の世界で魔王だったっすよね?』
『その通りだが?』
『魔王と言えば悪っす!むしろ悪と同義語っす!』
『お前は本当に失礼な奴だな。焼き鳥にするぞ』
『失礼もなにも、それがごく一般的な認識っていうか常識っす!焼き鳥にされようとここは譲れないっす!』
予想外に強情なジョニーの態度に弥勒は押され気味になっていた。
『ううむ……。どうやらおかしなイメージが染みついてしまっているようだな。確かに悪どいこともやったが、それは清濁併せ呑む必要のある〈王〉には必要不可欠なことだ。むしろ俺の場合は最低限に抑える努力をしていたのだぞ』
『それじゃあ元の世界を追い立てられたのはどうしてっすか?』
『残念ながら努力しても実を結ばないということは多々あるものなのだ……』
『ただの口先だけじゃないっすか!そんな遠い目をしてもダメっす!』
国王である以上、その構成員である国民の利を優先するのは当然のことなのだが、弥勒は元の世界に置いてラジカルな思考の持ち主であった。
そのため常に様々な分野で革新的な技術開発――あくまで元の世界でのことであり、こちらの世界とは比べ物にならないレベルだった――を行っていた。
そうして作られた製品は国内である魔族領だけに収まらず、人間たちの国へも流出していき、反対に貨幣を始めとした富が集まってくる。
それが百年、二百年と続き、やがて富を吸い取られ立ち行かなくなってしまう国が続出してしまった。
つまり、知らず知らずのうちに目に見えない経済戦争を超長期に渡って仕掛けてしまっていたのだ。
その結果、魔王を討つための勇者が擁立されて、魔族領は急襲され壊滅状態となり、プロローグでの直接対決へと繋がっていったのであった。
もちろん一方的に弥勒たちだけが悪いとはいえない。
流れてくる製品を手にすることで満足してしまい、自らの技術を高めることを放棄していた人間側にも非はある。
それでも転売による利益を上げていた隣接する国々にしか目が行かず、その向こうで貧困にあえいでいた者たちの存在を見落としていたのは大きな過失であった。
『今にして思えばそれこそが人間側の、いや、神々の狙いだったのかも知れんな。
何にせよ勇者たちを泣かっしゃげて魔族領を復活させるには力が足りん。この世界の知識や技術、しっかりと蓄えさせてもらうとしよう』
こうして決意も新たに、魔王スキムミルクは鈴木弥勒としてこちらの世界で生きていくこととなるのであった。
ちなみにすったもんだしながらも、精神操作系の魔法を使いまくって無事に偽の戸籍や住民票などを得ることができた。
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