第4話 魔王様、人間と出会う

 さて、そんなこんなで魔王改め鈴木弥勒が町へと向かって歩いて――ちゃんと右側歩行である。交通ルールは守りましょう――いると、一台の車がスピードを落として近付いてきた。


「あんちゃん、どこ行くんだ?」


 車の窓から顔を出して声をかけてきたのはまだ年若い男だった。


「ん?俺のことか?」


 キョロキョロと周りを見回してから弥勒は尋ね返した。


「あんちゃん以外に人はいないじゃないか」


 怪訝な顔をして男が答える。確かにその通りである。

 ジョニーとは一応会話できるが、それは鳥語を使ったものだ。

 何より普通の人からはただの雀――人の肩に乗るような雀をただのと形容してよいのかは不明だが――にしか見えない。


「何か用なのか?」


 弥勒が返事をすると、男は車を路肩に停めて近くへとやって来た。


「あんちゃん、もしかして道に迷ったのか?まさか自殺志願者って訳じゃあないよな?」


 男に話によると、こんな山の中で場違いな背広スーツを着ていたので気になったという。

 話しかけてみると返事をしたので、もし自殺しようとしていたとしても、これなら話し合いができると思ったのだそうだ。


「それは心配を掛けてしまったな。……しかしわざわざ声を掛けるとは随分とお節介だな」

「お節介で悪かったな。それでどこまで行くつもりだ?」

「町役場までだ」

「役場か。それなら乗っていくか?」

「!!いいのか!?」

「お、おう。お節介ついでだ。それにどうせ町役場は通り道だしな」

「早速自動車に乗る機会があるとはついているな!」

「ははは。喜んでくれている所悪いが、軽トラだからな。あんまりスピードと乗り心地には期待しないでくれよ」


 男は興奮しながら助手席に乗り込む弥勒に弥勒の姿に苦笑いを浮かべていた。

 そして肩に掴まっていたジョニーはというと、空から付いてくるつもりなのかさっさと飛び立ってしまった。


 普段であればシートベルトのような拘束されるものは決して着けたりはしないのであるが、これも車に乗るためには必要――もしもの時のためにシートベルトは忘れすに――だと言われて、嬉々として着用していく。

 そのおもちゃを前にした子どものような弥勒の態度に、お節介な男は流石に不信感を持ったらしい。


「あんちゃん、車に乗ったことがないのか?一体どんな所で生活していたんだ?」

「色々と込み入った事情があってな。余り聞いていて気分のいい話ではないのだが、車に乗せてもらう恩もある。聞きたいならば話すがどうする?」

「あー、やっぱり遠慮しておくわ。人の過去を根掘り葉掘り聞く趣味はないからな」


 その判断に「賢明だ」と短く答えると、


「それでは急かしてしまって悪いが、早速動かしてみてはくれないか」


 弥勒は車を発進させるように促した。

 待ちきれないといったその声音に、男は再び苦笑いを浮かべると希望通り軽トラのエンジンを始動させる。


「うおおおぉぉぉ!」

「おいおい、まだ一ミリも動いていないんだ。そんな調子だと役場に着くまで身が持たないぞ」


 子ども以上に素直な反応を示す弥勒に気を良くした男は、楽しそうに車を発進させたのだった。

 そうしてしばらく車を進めていた所で男は大切なことを思い出していた。


「そういえばまだ名前を言っていなかったな。俺は前田克也まえだかつや。あんちゃんは?……ん?おい、あんちゃん!」

「おおう、何だ何だ!?」


 流れ行く景色に見とれていた弥勒は克也の呼びかけに驚いて声を上げる。


「何だじゃねえよ。名前だよ、あんちゃんの名前!」

「ああ、名前か。そう言えば名乗ってもいなかったのだな。車に乗せてもらっているのに失礼なことをした」

「いや、そこまで畏まらなくてもいいんだけどよ……」


 名乗ったのは会話のための糸口にしようとしたに過ぎなかったし、一期一会ということもある。無理に聞き出すつもりはなかったので却って恐縮してしまう。


「俺の名前はスキ、じゃなくて鈴木弥勒だ」

「弥勒か。かっけえ名前だな」

「おう。気に入っている」


 自分で付けたこともあって、褒められると嬉しいようだ。

 にこにこ、というよりはニマニマといった笑い方で、元の世界の部下たちが見たら必ず卒倒する、そして勇者たちであれば何か世界を破滅させる方法を見つけだしたのだと勘違いして問答無用で斬りかかってくること間違いなしの顔だった。


 しかし異世界であったことと、克也の底抜けなまでのお人好しの心根が幸いして文句を付けるものは一人としていなかった。

 一応、契約による念話の効果でジョニーも二人の話を聞いていたのだが、はるか上空にいたため、弥勒の顔を見てはいなかったのでこのことについての文句はなかったのである。


「それでは役場までの短い期間だが、よろしく頼むぞ、克也」

「おう、任せておけ」


 いつの間にか二人の関係は弥勒の方が若干上になっていた。

 この辺りは克也を大らかと見るか抜けていると見るかは意見が分かれる所だろう。


 一応補足しておくと、数百年に渡って海千山千の魔物たちを部下として手足のように扱っていたので弥勒からは無意識に他人を従えるオーラがだだ漏れになっていた、という部分があったりはする。

 よって克也に下っ端根性が染みついていた訳ではない。


 そんな二人を乗せて、軽トラは軽快に一本道を駆け抜けていた。


 いつしか周りの風景は山間から田畑へと移り変わっていた。

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