第3話 魔王様、偽名を名乗る
人里近い所まで山を下りてきた所で『そのままだと目立つので着替えた方がいいっす』という雀のジョニーの進言に従って、魔王は服を着替えていた。
着替えるといっても魔法によって服を変化させるもので、それを見たジョニーが驚きと興奮でしばらくの間やかましく飛び回っていた。
ちなみに遠見の魔法でたくさんの人間が着ている服を真似た――街中の方を見てしまったらしい――ので、スーツ姿となってしまい、保険か、はたまた宗教の勧誘かといった若干怪しい風体になってしまっていた。
『つまりこの国は戸籍や出入国といった国民の数の管理を徹底して行っているということか』
『そうっす。だけど時々報告を怠る奴や職務怠慢な奴がいて多少のずれはあるっす』
そんなことをしながらも魔王はジョニーからこの世界、特に今いるニポンという国についての情報収集を同時に行っていた。
契約の影響によるものかジョニーは異様に賢くなっていて、それまで他の鳥たちから聞いて知っていただけの事柄が全て理解できてしまっていた。
つまりただの情報として蓄えられてきたものが一気に知識へと昇華されてしまったのである。
これによって彼はこの世界でもっとも賢い鳥となっていたのだが、そのことに気付く者は誰一人としていなかった。
『後、この辺は田舎なんで他所者がいるとすぐにばれてしまうっす。だから野宿とかは絶対に無理っす』
『そうなると、家を買うなり借りるなりする必要があるな』
『都会の方だとホームレスもありかもしれないっすけど、今度は国家権力に目を付けられることになるので、やっぱりお勧めできないっす』
『ふうむ、すると身分証は必須となるな。早々に偽の戸籍を作っておかねばなるまい』
『そういうことならまずは役場に行くべきっすね。でも、どうやって誤魔化すっすか?やっぱり魔法っすか?』
『精神操作系の魔法は余り得意ではないのだが、背に腹は代えられんからな』
さて、今更ではあるが、この世界でも魔法は使用できる。
元々ゲートを作成する際に条件付けで魔法の使用が可能という項目を入れておいたので当然なのではあるが、ほんの一握りを除いて、この世界の住人は自分たちが魔法を使える――当然訓練は必要となるが――という事実を知らないのである。
『それなら一緒に偽名も考えた方が良いっすよ。はっきり言って今の名前はカッコ悪いっす』
『代々の魔王に受け継がれてきたこの偉大な名前がカッコ悪いだと!?……焼き鳥になる覚悟はできているんだろうな?』
『お、落ち着くっす!旦那の世界のことは分からないっすけど、この世界じゃその名前はカッコ悪いっすよ!』
『世界が変わればその美醜の感覚もまた変わるという訳か……』
『その通りっす!流石は旦那!理解が早くて助かるっす!』
文字通り命が助かったジョニーはここぞとばかりに魔王をヨイショしていく、内に大事なことを思い出していた。
『それと一つ言い忘れていたっす。この国の人間の名前は独特なものが多いっす。だから人間に紛れるなら偽名は必須になるっすよ』
とニポン人の名前を色々と紹介していく。
『確かに独特だ。しかも姓と名の二つ考えなくてはいけないのか……』
『面倒なら姓の方は名乗っている人間が多い田中、佐藤、鈴木のどれかにしておくと楽っすよ』
『そうだな……それではスキムに近い鈴木にしておくか』
『あっさり決めたっすね。ううん、ミルク……ミルク……みるく……みろく……弥勒?』
『む、何だその弥勒というのは?』
『えっと、どこかの宗教の破壊の魔人だか何かだったはずっす』
注、違います。
『ほほう、それは都合がいいではないか。決めたぞ。俺の名前は鈴木弥勒すずきみろくだ』
しかし魔王はジョニーの適当な言葉を真に受けてしまい、鈴木弥勒と名乗ることにしてしまった。そして名前を決めた丁度その時、山道が終わり車道へと出る。
『何だこれは?道、なのか?何やらおかしなもので覆われているようだが……?』
『これはアスファルトっすね。車が走りやすいように人間が舗装しているっすよ』
『するとこの道は有名な街道という訳か?』
『どこにでもある普通の道っすよ』
『まさか!?舗装をしてある道など大都市の中か、重要な街道のみだろう?』
『……もしかして旦那のいた世界って結構遅れていたっすか?』
ジョニーの言葉にショックを受ける魔王改め弥勒。そしてその前を猛スピードで一台の車が走り抜けていった。
『な、なななな何だ今のは!?』
これほど驚き戸惑ったのは数百年ぶりのことだ。確かあれは産婆の手が足りずにリビングメイルの一家の出産に立ち会った時のことだったはずだ。
直接は見ていないが、母親リビングメイルから小さな赤ちゃんリビングメイルが生まれてきたのである。しかも「おんぎゃー」といい感じに泣いていた。
閑話休題。
とにかくそれほどまでに衝撃を受けていたのである。
『あれが車、自動車ってやつっすよ』
ジョニーは渡り鳥たちが自慢そうに都会のことを話していた気分が少し分かった。
確かにこれは気持ちいい。しかしやり過ぎると焼き鳥の刑に処されてしまうかもしれないので、要注意である。
そして弥勒のの方はというと、
『あれが自動車か……。なるほど、確かに凄まじいな。あれほどのものを魔法も使わずに作り上げているとは、この世界の人間たちは尊敬に値するな』
好奇心満載のキラキラした目で遠ざかっていく車を見つめていた。
そして本人たちの知らない所で、自動車工場で働く人々は異世界の魔王から尊敬されていた。
余談だが、あの車がスピード違反で捕まるのはもう少し未来の話である。
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