第3話

「あ」

「あ」


 時刻は午前十一時。星司は買った本を読もうと適当な店を探していると、よく見知った相手と遭遇した。青を基調とした服が、白い肌と銀の髪によく合っている。

 クレアだった。下半身は人間のものになっていて、目も一対を残しているのみでもともと目があった箇所には黒い模様が入っている。

 変化の魔法を使っているようだった。彼女の本来の姿は人に比べて縦にも横にも格段に大きい。道を通れないことすらあるのだ。彼女に限らず、他の種族との体格差が大きいものが街で暮らしていくためには必須の魔法だ。

 星司は昨日、彼女に嫌味を言いすぎたことをしっかりと覚えており、少しぎこちなさそうにクレアに話しかけた。


「よっ、クレア。こうやって街で会うのは久しぶりだな」


 クレアも同じように少しぎこちない様子で返す。


「こんにちは、セイ。久しぶりにもなりますよ。貴方は滅多に遊びに出かけないのですから」


 クレアと星司はずっとバディを組んできた。星司にとってはソウシに次いで付き合いが長くて多い相手だ。そんな彼女も当然、星司が休日でも訓練所に通い詰めていることは知っている。

 星司は自分のぎこちなさを自覚しており、わざとおどけた様子で話しを続ける。


「へっ、そうだな。ところで今日はどうしたんだ?買い物か?服はこないだ買ったとか言ってたし、その格好からして武器屋もない。ってことはなんか甘いものでも食いに来たのか」


 クレアも星司に合わせて明るく答える。


「なかなか鋭いし、意外と私の話を覚えてくれていますね、セイは。この服がその、こないだ買ったものです。どうです?似合ってますか?」


 クレアはその場で星司に見せつけるようにクルリと回った。銀の髪がたなびいて、もともと綺麗な彼女をより美しくしている。


「ああ似合ってる。綺麗だよ。お前は何着ても大抵似合うが今日のは特に。んで、俺の推理は合ってんのか?」


 本心のままに褒めちぎる星司の言葉に顔を赤らめるでもなく笑いながら、ありがとうございます、と答えてからクレアは星司の立てた予想の答え合わせをする。


「甘いものを食べに来た、というのも合っていますが、それだけじゃありませんよ。服も買いに来たんです。昨日はあんなことになってしまって、少し気分が落ち込んでいたので気晴らしにと思いまして」


「そか。んじゃ、俺も付き合うよ。荷物持ちがいたほうが良いだろ?」


「良いんですか?今日はいろいろな店を回るつもりですから、歩きますよ?」


「良いぜ。俺はもう用事を済ませて、あとはゲーセンでも冷やかそうかと考えてたくらいだからな。お前と喋りながら歩いて、荷物持ちしてたほうがよっぽど建設的だ」


「そうですか。ではお願いしますね。でもその前に、ちょっと早いですがお昼にしませんか?今なら店は空いてますし、実を言うとさっきまで寝てて朝ごはんを食べてないんです。そこで昨日の反省会もしましょう」


「反省会って、せっかくの気晴らしなのに良いのか?別に明日でも良いんだぜ?」


「いえ、こういうのは早い方が良いですから。私に気を使わずビシバシ言ってください!」


 その言葉には変な気負いはない。どうやら昨日の失敗を引きずりすぎてはいないらしい。

 星司はニヤリと笑って言った。


「了解。厳しく言っていくぜ?また顔を真っ赤にして怒んなよ」


 それと、と星司は笑みを消し、真剣な表情で続ける。


「昨日は俺にもミスがあった。それなのに、一方的に責めちまってた。すまない」


 俺のミスも、遠慮なく指摘してくれ。

 しっかりと目を合わせ、最後には深く頭を下げて星司はそう言った。

 その星司の様子を見て、クレアは少し目を見開いて、そして微笑んだ。


「セイ。私の方こそ最近は集中に欠いてばかりで、セイには迷惑をかけてました。謝らなければならないのは私です。ごめんなさい」


 今度はクレアが頭を下げる。

 そして二人揃って顔を上げ、笑い合う。

 しばらくそうしていた二人だったが、少しして星司が少し気恥ずかしげな表情をして顔を逸らして言った。


「んじゃ、この件に関してはチャラってことだ。飯行こうぜ、飯。早く行かないと混んじまう」


「そうですね。ここからなら……三富軒はどうでしょうか」


「おっ、良いな。席は広いし、何よりあそこのハンバーグは絶品だからな」


 そうして二人、歩幅を合わせて店へと向かっていく。

 二人の間にあったぎこちない空気は、もうどこかへ言っていた。


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「…………なあ、クレア。少し買いすぎなんじゃねえかこれは」


 星司は大量の紙袋を手に下げながらそう言った。その全てがこの二時間ほどでクレアが買ったものだ。


「……そうですね。通りに来るのは久しぶりだったので、つい買いすぎてしまいました」


 クレアは少し反省したように肩を落とす。店から出たばかりのその手には紙袋が握られている。


「あっちのベンチでレモネード飲みながら少し休憩しようぜ。お前も喉乾いただろ。奢るぜ」


 星司は紙袋を受け取りながら、そう提案した。その視線の先にはレモネードの屋台と、平日の昼間という時間ゆえに空いていたベンチがある。

 クレアは最初、奢ってもらうのは悪いと自分の分を払おうとしていたが、星司が強引に押し切り彼が奢る流れとなった。

 レモネードを二つ購入し、一つをクレアに渡すと、荷物を挟んで反対側へと座った。


「あー……うめえな。今日は少し暑いからしみるわ」


「ふふっ、そうですね」


 クレアも笑いながら美味しそうにレモネードを飲んでいる。

 その様子を見て、星司は口からは自然と、良かった、という言葉が漏れた。


「セイ、どうかしましたか?」


 クレアが急に微笑み出した星司を訝しみ、軽く首を傾げた。


「いや、なんつーか、お前がなんの気負いもなく笑ってんのを見たのは久しぶりだと思ってな」


 そこで星司は言葉を切り、考えるように目を瞑った。

 そして少し迷うような表情をして、すぐに覚悟を決めたようにふう、と一息入れてから顔を上げた。


「悩んでんだろ、進路のこと……っつーか実家のこと」


 クレアは息を飲んだ。そして、困ったような顔をして俯いた。


「……セイにはバレていましたか。いえ、セイだからこそわかってくれるんですね」


「……」


 星司は無言のまま、通りを見つめている。しかし、その焦点は合っていない。

 クレアは少し唇を噛み、意を決したように顔を上げ星司に話しかける。


「セイ!あ、あの」


「俺は何も言わねえぞ」


 星司はすぐさまクレアの言葉を切った。


「お前がどっちを選ぼうと、選ばなかった方に想いを馳せることはあるはずだ。それがどんな感情によるかは知らねえけどな。……俺の意見でお前の選択を決めて欲しくない。お前自身で、悩んで末に悔いの少ない方を選んで欲しい」


 だから俺は何も言わねえ。そう言って星司は口をつぐむ。

 クレアはその言葉に何を返すでもなく、冷たいレモネードのカップをぎゅっと握りながら俯く。

 そうして二人の間にしばらくな沈黙が流れた。

 そして、その沈黙を、だが、と言って破ったのは星司だった。

 クレアはそれを聞いてばっと顔を上げて星司を見る。星司は前を向いたままで、彼女の眼に映るのは横顔だけだった。


「もしお前が卒業後も、俺と一緒に狩猟者を続けてくれるなら、それ以上に嬉しくて安心できることはない」


「え?」


「何驚いてやがる」


 星司は苦笑しながら言葉を続ける。


「世界で、俺が一番安心して背中を預けられる相手はお前なんだよ。そんなお前とこれからもやってけんなら、そりゃ嬉しいし安心できるさ」


 星司は言葉を続ける。


「だからってお前を引き止めたりはしねえ。実家に帰んならそれで良い。俺が狩猟者であることと、お前が狩猟者であることは別の話だしな」


 それに、と星司はそこで言葉を切り、ちらりとクレアを見やる。ハーッと息を吐き、頭をかいて、クレアをまっすぐと見た。その顔は少し赤い。


「実家に嫌気がさしたなら、狩猟者に戻れば良い。その時に、俺がまだ生きてたなら、また組んでやる。お前が狩猟者にならなくても、お前の居場所は実家だけじゃない。だから、その選択で全てが決まっちまうなんて思うな。俺がお前の逃げ場所になってやるから、だから」


 そんな苦しそうな顔をして、悩んでんじゃねえ。星司はそこまで言ってプイと横を向いた。


「けっ。柄になくキザなことを言っちまった。まあとにかくそんな悩んでんじゃ……」


「ヒッ……グス……ウウウ……」


 その音を聞いて星司は慌てて振り向くと、クレアが大粒の涙を流していた。それを拭うでもなく、ううと声を上げている。


「な、何泣いてんだよお前。ええとああ……あった!ほら涙拭け!」


 クレアが泣いているのにギョッとした星司はどうすれば良いのかわからず、とりあえずハンカチを渡した。

 クレアはハンカチを受け取り、涙を拭く。そしてハンカチをぎゅっと握りしめた。


「グスッ……泣きますよ……泣くに決まってます!ずるいですよセイは!普段はあんなに口が悪いのに……ずるいです……」


 こぼれ落ちそうになっていた涙をもう一度拭い、クレアは星司をまっすぐに見る。


「私はまだ選ぶことはできません。悩みが消えたわけでもありません。でも、軽くなりました。この選択で、この先の全てが決まってしまうわけではないという当たり前のことに、気づくことができました。……星司が私の居場所になると言ってくれて、本当に嬉しかった」


 クレアはそこで笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします」


 その笑顔があまりに美しくて、星司は思わず見惚れていた。

 そんな自分に気づいて、気恥ずかしくなり頭を振った。

 そして、クレアと目を合わせ、言う。


「俺の方こそ、よろしく頼むぜ、相棒」


 星司は氷が溶けてすっかり薄まったレモネードを一気に飲み干し立ち上がる。


「さて、休憩はこれくらいにしてそろそろ買い物の続きと行くか。買い物に付き合ってたら俺も服が買いたくなってきた。少し付き合ってくれねえか?」


 クレアは頷き、星司と同じようにレモネードを飲み干し立ち上がる。


「良いですよ。店は……セイが知ってるわけありませんね。通りから出ることになりますけど、私のオススメの店があるんです。そこに行きましょう」


 この服を買ったところなんですよ、とクレアが言った。

 わかった、と星司が荷物を持とうとした時。














 爆音が鳴り響いた。




























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