第2話

 ミシマネルト市能力者育成校の朝は早い。

 魔道具科の実験による爆発は夜明けとともに起きる。以前は昼夜問わずに鳴り響いていたのだが、夜うるさくて眠れないと学生たちからの苦情が相次いだため、夜間の爆発を伴う恐れのある実験は禁止になったという。星司が入学する遥か前のことだ。

 なお、結界が張ってあるため校外にその爆音が届くことはない。

 防音壁を突き抜けて響く爆音で星司は目を覚ました。もう五年もここで暮らしていれば慣れたものだ。

 今日は彼が食事当番だ。起きて朝食の準備をしなくては。ベットから起き上がり、部屋を出てキッチンへ。


「ん?」


 キッチンから音がした。野菜を切る音に飯が炊ける音。誰かがすでに朝食の支度をしているらしい。

 居間に入りキッチンを見やると、そこには深緑の長髪を後ろで縛った、男の目から見ても惚れ惚れするほど美しい男がいた。同居人の鏑ソウシだ。


「おはよう。ソウシ、今日は俺の当番だろ。もう少し寝てろよ。確か今日は依頼を受けんだろ?」


「おはようございます、セイ。セイこそ今日はもう少し寝たほうが良いのでは?昨日は帰ってくるのも遅かったですし随分疲れていたじゃありませんか。朝食くらいは代わりますよ」


 話しかけてきた星司にソウシは顔を上げ微笑みながら答えた。


「はあ……ありがとよ。明日の朝食は俺が作るから明日はゆっくり寝てろよ」


「ええ、そうさせてもらいます」


 星司はソファーに座りテレビをつける。ニュースはちょうど天気予報のところで、今日は一日快晴の青空らしい。

 その後も東北でウルフ系の魔物が活性化。魔王誕生の恐れだのシャリアトウキョーのオススメスイーツだのを観ていると、ソウシが朝食を持ってやってきた。白米と味噌汁、卵焼きにきんぴらとなかなかに贅沢だ。卵焼きには大根おろしも添えられている。

 星司も立ち上がってコップや箸、牛乳などを運ぶ。

 テーブルに料理を並べて椅子に座り、いただきます、と言って食べ始める。


「昨日の依頼は確か違法薬物の売人の拘束でしたよね。それにしては随分と遅かったですがどうしたんですか?」


 味噌汁を飲みながら尋ねてきたソウシに、星司は昨日のことを思い出して顔をしかめながら答える。


「その売人に隙を突かれて逃げられた。アマギまで追いかけるはめになった上に帰り道ではワームの番に遭遇して戦闘を避けるために大きく迂回。そしたら魔障蜂の巣をクレアが踏み抜いちまってその対処。ようやく帰れたと思ったらいくら相手が犯罪者だといってもやり過ぎだと説教」


「そ、それはついてませんでしたね。しかし売人相手にやりすぎとは……」


「手足を切り落として傷口を焼き塞いだ」


「それは確かにやり過ぎですね……。ですがセイがそこまでしたということは相手もかなりの実力者だったということですか」


「ああ。耐毒スキルに解毒スキル、それに再生スキルまで持ってやがった。それをギリギリまで隠す周到さもな。ああでもしなきゃ無理だったよ。警察の方も、その情報は掴んでなくて、こっちにも落ち度があったっつーことで最終的には特にお咎めなしで帰してもらえたよ」


「それは良かった。考査でマイナスを付けられることはなさそうですね」


 空になった茶碗に飯をよそうために星司が立ち上がろうとすると、自分がやりますよ、とソウシが止め、二人分の茶碗を持って炊飯器の方へと向かった。


「セイは今日はどうしますか?今日は休みにしていましたよね?」


「んー、いつも通り訓練場かね。何戦か模擬戦をやって、日暮れまでは魔法の鍛錬でもするか」


 ソウシは飯のよそわれた茶碗を星司に渡しながら呆れたようにため息をつき、首を横に振って言った。


「休日はしっかり休まないと、休日の意味がありませんよ。あなたの悪いところです。それに、今日は訓練場は閉鎖されています。防護の魔道具が壊れて明後日までは使えません」


「は⁈訓練場の魔道具が壊れるって何があったんだ⁉︎上級術でも耐えきれる代物なんだぞあれ⁈」


「キョウヤとネストです。新しい魔道具の試運転をしようとしていた二人が運悪くマッチング。二人の対決はエスカレートし、しまいには……」


「……ドカン、か。あいつら一人でも危険なのに二人合わさると張り合っていよいよ止まらなくなるからな……」


 それでもここまで酷いことはなかったけどなと思いながら、星司は嘆息した。


「で、二人は無事なのか?それとも跡形もなく消し飛んだ?」


「防護結界がほとんど勢いを削いだようで二人ともなんとか一命を取り留めたようです。治癒魔法込みでも全治一週間なのでかなりのものですが」


 星司はそりゃ良かったと返した。

 そして、では今日はどう過ごしたものかと思った。一日部屋で過ごすのも悪くないが、せっかくの晴天なのに少し勿体無い気もする。


「街に出たらどうですか?今日は一日、雲一つない青空のようですから。クレアさんを誘ってランチに行くのも良いかもしれません」


 どうやらこの友人には自分の考えなど筒抜けだったらしい。

 星司は、あいつとはそんな関係じゃねえよと返しながら、確かにそれが良いかもしれないと思った。最近は本屋に行っていない。本屋に行ってゲームセンターを冷やかし、京千屋のパフェを食べる。なるほどそれは素晴らしい休日になりそうだ。


「ん、そうするか。ところでソウジは今日の依頼はどんなものだっけか」


「市内に潜伏している魔物の違法取引業者の確保です。場所は割れているので楽なものです。早ければ午前中には終わりますよ」


「そか。じゃあ依頼が終わったら二人で昼飯でも食おうぜ。それともミーナとデートでもするか?」


 さき程のお返しとして星司がからかうようにそう言うが、ソウシは自分とミーナはそんな関係ではありませんよ、となんでもない風に流される。


「さて、では自分はもう出ますね。後片付けはお願いします。昼食は、残念ですがまた今度に。午後にまでもつれ込むかもしませんしね」


「そりゃ残念。今日は一人で楽しませてもらうよ」


 いってらっしゃい、とソウシを見送る。外を見ると、天気予報の通り雲ひとつない青空が広がっていた。

 星司は漠然と、今日は良い休日になるかもしれないなと思った。












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