第14話
兄さんの表情は、いつもみたいにゆるんではくれない。
「この人、記憶が欠けているの。不安だと思うから、冷たくしないであげて」
「記憶喪失?」
兄さんの瞳がようやくうちに向いた。いぶかしげな表情は変わらないままだったけど。
「ここに来た理由とか、断片的に思い出せなくて」
弁解を発したエグナーに、兄さんは冷ややかさえ感じる視線を突き刺す。
「そう言ったら逃れられると思ったのかい?」
これだけだと、兄さんの疑念を晴らすには至らなかったみたい。
「兄さん、強く言うのはやめて」
そっと兄さんの服をつまんだら、兄さんの厳しい顔が向けられた。思わずおびえそうになる気迫だけど、こらえて見つめ返す。
「わかっていないよ。どれだけ危険なことをしていると思っているんだい?」
よそ者を助けたから、今の島の生活がある。決してよそ者を信頼してはいけない。
兄さんの言葉がよぎる。
言いつけを破ったうちに、ただならぬ思いがあるんだ。
兄さんとの約束を破ったのは事実。それだけなら、怒られる理由として納得できる。
「どうして困っている人を助けたらいけないの?」
怒られる原因がそれだと、素直に納得を作れないよ。悪い人でもなさそうなのに、どうして力になろうとしたらいけないの?
「何度も話しただろう?」
「何回聞いても、納得できないよ」
島の人なら助けてもいいのに、助け合うべきなのに。よそ者相手だと許されない。
「『よそ者』ってだけで、どうして助けたらいけないの?」
「ただのよそ者ではないだろう」
兄さんの瞳が、ゆらりとエグナーに動く。再び兄さんにとらえられたエグナーの肩は、ピクリと震えた。
「徴収者だろう?」
ゆっくりと放たれた言葉に、エグナーが小さく反応を示したように見えた。
兄さんの気迫におびえたのとは違う。まるで、記憶がちらついたかのような。
エグナーが徴収者? こんな人はいなかったと思う。そもそも徴収者なら、徴収行為をしてないのはおかしい。
「この島に来る手段は、船以外にない。徴収以外の船は来ない。徴収者の船に乗る以外に、君がこの島に来られる手段はない」
空気に響く兄さんの主張に、反論する声はあがらなかった。うちすら、反論をあげられない。
船以外でこの島に来る手段はない。紛うことなき真実だから。
個人で船を作ったり買えたりするなら、あるいは徴収とは無関係の人かもと思える。でも素材くらいしかない島に、わざわざ来る必要性を感じない。
自由な渡航ができないのは、島の外部からも自由に島に来れないって意味もあると思う。許されているなら、観光目的の船とかが来てもいいはず。島から帰る船に住民がこっそり乗って島を脱出する可能性があるから、自由に島に来るのも禁止されているんだと思う。
つまりエグナーは徴収者か、その船に乗せてもらえるだけの関係。
あるいは個人で船を入手して、もしくは徴収者の船に勝手に乗って島に無許可で侵入したと考えるのが自然になってしまう。
「徴収者な時点で、信頼するに足らないよ」
この島によそ者のエグナーがいる時点で、なにかしらの悪いことはした可能性はあるの?
「まきこまれただけかもしれないよ? それが原因で記憶が――」
「いや、違う」
意見しようとしたうちの声は、エグナーによって遮られた。
「オレは自分の考えで、ここに来た」
「記憶、あるんじゃないか」
矛盾をついた兄さんにも、エグナーはひるまない強い瞳で言葉を続けた。
「大切な目的があって、ここに来た。それだけは覚えてる」
ここに来た目的。この島にいる理由。船に乗って来てまで達成したかったこと。
「どんな目的だい?」
エグナーは表情を曇らせた。
「……そこまでは、まだ」
大切な記憶を見つけるための鍵は、まだどこにあるかわからないんだ。
「都合がよすぎやしないかい?」
「わかってるよ! 思い出すために歩き回ったりしてんじゃん!」
目的が思い出せない不安、焦り。ほがらかに見える表情の裏で、葛藤を抱えていたんだ。
「兄さん、これ以上責めないであげて。この人がウソをついていないのはわかるよね?」
これが演技だとは、兄さんも思っていないはず。
「思い出せそうな兆候はあるのかい?」
「たまに……チリチリする。少しずつ、思い出せてる気配はある」
エグナーの言葉を聞き終えた兄さんは、ちらりとうちを見た。さっきほどの厳しさは感じられない表情。少しはエグナーの言葉が伝わったのかな。
「もういいよね?」
「ラヤは本当に、この人が悪者ではないと思っているのかい?」
深くは考えてこなかった、エグナーがこの島に来た理由。本人も思い出せない目的が、もしかしたら島に害をもたらす内容なのかもしれない。
「いい人だと思っているよ」
それでも信じられた。
数日だけだけど交流して、あたたかな人柄にふれた。こんな人が悪巧みをするなんて、とても思えない。きっと、目的は島に悪影響を与えない内容だと思う。
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