第15話
「どうしてそう思えるんだい?」
兄さんの疑念は完全には消えてないんだ。
「『よそ者』の色眼鏡を外して。それでもこの人が『悪い人』だと思えるの?」
しばらくの沈黙が物置を襲った。
うちをじっと見つめる兄さんの瞳が、なにを考えているのかわからない。兄さんには兄さんで、様々なめぐる感情があるんだ。
やがて兄さんの視線は、ゆっくりとエグナーに移った。厳しさは消えたけど、まだ疑念が感じられる。
「……君は、悪いことをする気はあるのかい?」
「全然!」
緊張の面持ちを隠せないまま、エグナーは声を発した。
「思い出せた目的が悪い内容だったら、どうするんだい?」
「やらないに決まってる。この島に迷惑をかけたい感情は、一切ない」
エグナーをじっと見つめる兄さんは、心中を見透かそうとしてるかのように感じる。
「悪いようにはしない?」
「当然!」
力強い言葉を最後に、兄さんの視線はうちに移った。
「助けて、どうするつもりだい?」
「記憶が思い出せたらいいなって」
戻らないことには、エグナーの目的もわからないまま。まず願うは、それだよ。
「記憶が戻ったとして、そのあとのことは考えているのかい?」
兄さんの言葉の真意をつかめなくて、返す言葉が見つからない。それがわかったのか、声は続けられた。
「仮に目的を達成できたとして、彼はどうするんだい? 帰る手段がない」
そこまでは考えていなかった。目的を達成したら、きっとこの島にいる理由がなくなる。島の人から隠れないといけない生活を続けたいと思えるわけがない。
でも帰る船はない。
さっき『個人の船で来たのかも』と思ったけど、よく考えたらその可能性もないよ。それなら、どこかに船があるはずだもん。誰かが見つけて、ウワサになる。それがないなら、島につけられた船がない。つまり個人の船で来てはいないと推測できる。
船を作って帰るのも無理だ。知識のある人がいないから、安全に帰れる保証はない。船の材料があるのかもわからない。誰にも見つからないように作るのも困難だ。
となると、エグナーは徴収者の船に忍んで帰るしかなくなる。
視線を送った先のエグナーは、そこは深く気にとめていない様子だった。
「この生活をずっと続けるわけにもいかないだろう?」
「あとのことは、その瞬間に考えればいい。今は目的の達成を最優先に考えたい」
エグナーの声も考えも力強かった。
「そんな考えでいいのかい?」
「今できる最善をやるだけだ」
強い感情をのぞかせた瞳に、兄さんはこれ以上この話題を続けなかった。エグナーの心は変わらないと判断したのかな。
「わかった。やれるだけのことをやればいいよ」
「兄さん……いいの?」
よそ者であるこの人の存在を、ひとまずは認めてはくれたの?
「帰る手段がないから、島にとどめるしかないのは事実だ。危険と判断したら、迷いなく拘束するよ」
完全なる信頼にはならなかったけど、仮の猶予はもらえたんだ。かろうじての安心に、小さく笑みがこぼれた。
「1人で会いにいくのは禁止ね。会う際は、必ず僕と一緒に」
残された疑念がそう言わせたのか、うちの考える以上に兄さんは心配性だったのか。
提案には賛同した。兄さんと一緒なのは嫌ではない。兄さんの時間をとらせてしまうことにはなるけど、長い時間会うわけでもないし。そこまでの痛手にはならないよね? 同行だけで兄さんの心配を減らせるなら、そうするべきだろうし。
「……どうせなら君、家に来るかい?」
突然の提案に、エグナーは小さな瞠目を見せた。うちも似たような反応をしたと思う。
「家に人が訪ねてくることなんてまれだし、安全さはここと大差ないよ」
「邪魔にならない?」
「島にいる事実は変わらないなら、身近で常に監視できるほうがいいよ」
優しさというより、消えない疑念が原因の言葉だったんだ。案外、疑り深いんだな。
「なら、監視されようかな」
笑顔で返したエグナーに、兄さんもかすかにほころんだように見えたのは気のせいだったのかな。理想が見せたマボロシ?
家に来るなら、掃除したのが無意味になっちゃったな。いいか、掃除は悪いことではないもん。
「手伝いとかはやってもらうよ」
「どんとこい!」
理由はどうであれ、家に招くのなら兄さんの敵意は少しは弱まったのかな。よかった。
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