第13話
翌朝。朝の仕事を終えて、リージュに渡す料理を手に兄さんに見送られて家を出た。
エグナーに渡すために、量は多めにした。食べられる果実とかはあるけど、それだけだと飽きちゃうだろうし。様々な味が食べられるほうがいいよね。こっちは多めに作るだけの手間でいいし。
リージュに怪しまれないようにするために、先にエグナーに渡す必要があるのは少し心苦しいけど。リージュより、会ったばかりのエグナーを優先するみたいで。
ここから物置までの道は、ほとんど人が通らないから警戒する必要もない。通いなれかけた道をするすると歩いて、物置についた。
閉められた物置の扉を開けたら、座ってくつろぐエグナーの顔が向けられた。
「おー」
片手をあげての挨拶は、今日は『きのうぶり』ではなかった。恒例ではなかったのかな。
うちが物置を出てからより、内部はきれいになっているように感じた。隅にはホウキと雑巾が置いてある。よごれた雑巾を見るに、あれから掃除に励んでいたのかな。
「こんにちは」
持ってきた料理を布に少しくるんで、エグナーに渡す。
「いいの?」
「迷惑でないなら」
「とんでもない! かなり感謝して――」
言葉はとぎれて、エグナーの動きがとまった。疑問に思ううちの横を駆けて、勢いよく扉を開け放つ。
広がる外の景色の中に、見覚えある姿があった。
「兄さん……」
木に手をついて、こっちを見る兄さん。厳しさのある表情をエグナーに向けている。
「そういうことだったんだね」
ぽつりと発して、兄さんはゆっくりとこっちに歩みを進める。いつものおだやかさを潜めた姿に、つい萎縮しそうになる。
「どうしてここにいるの?」
この物置は使われていない。誰か来ることはないはず。当然、兄さんすら。
うちに向けられた兄さんの瞳は、どこか厳しさを感じられる。
「気になる点があったからね。あとをつけていたんだ」
じとりとエグナーに戻された視線。事情がつかみきれないのか、エグナーは兄さんを前に行動を停止している。
「案の定、だったよ。君がウワサの『よそ者』だろう?」
兄さんの瞳にとらえられたエグナーは、視線を兄さんに、うちに泳がせる。おびえた様子はないけど、突然の状況に困惑しているんだ。
まさか見つかるとは思っていなかったうちも、困惑しかない。
「待って、違う! この子は今偶然会っただけで、関係ないよ!」
思考の結果、うちとの関係を否定するのが最善と判断したみたい。うちが『兄さん』と呼んだから、関係を察知したのかな。よそ者と交流していたと知られたらどうなるかわからないから、守るためにウソをついてくれたんだ。
「そうかな?」
兄さんの態度は変わらなかった。ぴんと伸びた背筋は、不変の自信を感じさせる。
「だったら、どうして『それ』を渡されたんだい?」
兄さんが指したのは、今さっきうちが渡した料理。
料理に視線を落としたエグナーは、しどろもどろに口を開く。
「これは……ただの厚意で」
「親しげに話していたように聞こえたよ?」
外からでも、うちたちの会話が聞こえていたんだ。扉をしっかり閉めていなかったのかな。閉めていたとしても、作りのよくない物置だ。音漏れがあったのかも。
続けられる兄さんの言葉に、エグナーは視線を泳がせる。追い討ちをかけるように、兄さんは物置の隅を指した。
「うちの掃除用具と同じに見えるな」
兄さんにきのう『掃除用具は見つかった』と言われた。なのに、どうして物置にあるの?
さっきは気づけなかった事実に、小さな混乱が作られる。
兄さんからは『掃除用具がなくなっていた』『掃除用具が見つかった』としか言われていなかった。
でもうちは、見つかった掃除用具を『ホウキ』と断定した返事をしちゃっていた。掃除用具は他にもあったのに。
意外にうちをよく見ている兄さんだ。料理を連日、多めに作って渡していたことや、渡すために布を2枚重ねていたことにも気づかれていたのかも。
「家を早く出たわりに、リージュの家についた時間は遅かったみたいだしね。採取とかで遅れた様子もないみたいだったし」
リージュの家に赴いた際に、その話も聞いていたの? 体調を調べたいだけではなくて、うちの行動を不審がっての行動だったの?
ここまでの証拠を突きつけられて、もうどう反論していいのかわからない。これ以上反論しても、エグナーの心証を悪くするだけかな。
「……ごめんなさい」
謝っても、兄さんの視線はうちに向かない。まっすぐエグナーをとらえたまま。
エグナーはうちを見て口を開いたけど、発せられる声はなかった。困窮しきった表情が刺さる。
「うちが勝手にしたことで、この人は悪くないの」
『よそ者だから』と悪く思わないでほしい。その一心だった。
たった数日しか交流していないけど、悪い人だとは思えない。兄さんにも理解してほしかった。
「オレが勝手に厚意に甘えちゃってただけで」
ねめつく視線から逃れるのをやめて、エグナーは兄さんをまっすぐ見て言葉を返した。
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