第12話

 名残惜しさを感じつつリージュに別れを告げて、自宅に帰った。

「リージュの様子はどうだった?」

「変わらなかったよ」

 いい意味でも悪い意味でも、体調に変化はなかった。

 よそ者の件で不安は感じていたことは、兄さんに伝えるまでの内容でもないかな。

「そうか……」

 うちの言葉に、兄さんは微妙な表情を浮かべた。

 『変化がない』というのは、悪化はしていないということ。同時に、完治に向かってもいないという意味でもある。

 リージュの薬を作る兄さんからしたら、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからないんだよね。

 薬がなかったら悪化をたどっているかもしれないリージュの体調を『現状維持』にできているんだ。兄さんは、誇るべき仕事をしているのに。兄さん自身は悔しい思いが強いんだろうな。

「新しい薬ができたんだ。効くといいな」

 兄さんの見つめた机上には、見なれない色の薬があった。

 時間を見つけて、リージュを元気にできる方法がないか調べ続けてくれていたんだ。その結果を、またこうして見つけてくれた。

「ありがとう。届けに行くね」

 訪れたばかりだけど、治療は早いほうがいい。リージュには何回でも会いたいし。

 うちの提案に、兄さんは首を横に振った。

「直接話も聞きたいし、僕が行くよ」

 兄さんが望むなら、そうするべきかな。リージュから症状とかを聞いたら、新薬開発につながる情報をつかめるのかもしれないし。

 2人で行くのもいいけど、リージュもうちがいたら本当の症状を言えなくなっちゃうかも。気をつかって、体調が悪かった際の症状とかを言いしぶっちゃいそう。

 うちは残って、ご飯を作ったり、採取したりの仕事をしよう。

「わかった。いってらっしゃい」

「パン、おいしかったよ。ありがとう」

 視線を送ったら、空っぽになったカゴがあった。よかった、兄さんも喜んでくれたんだ。

 満足感を感じつつ、新薬を手に家を出る兄さんを笑顔で見送った。


 兄さんが帰ってきた頃には、ご飯の準備が整えられた。卓上に並べた料理をはさんで、兄さんと対面に座って食事を開始する。

「リージュはどうだった?」

 兄さんの目から見て、気になる点はあったのかな?

「パン、喜んでいたよ。リージュのために作ったんだね」

「兄さんのためでもあるよ」

 小さく笑った兄さんを前に、さらりと弁解する。パンを作ったのが兄さんのためだけではないと知って、少しスネちゃったりしたのかな?

「よそ者の件の心配もしていた。僕からも『ラヤに注意するように』ってクギを刺されたよ」

「心配性だな」

 うちだけでなく、兄さんにも言うなんて。予想以上にリージュは不安に感じていたんだ。ごめんね。

「それだけ大切に思っているんだよ。余計な行動は慎むんだよ」

 うちの行動を見透かしているかのような兄さんの言葉。反応しそうになった体をこらえて、笑顔で点頭した。

「薬も飲ませて、あとは経過を見守るだけ。変化があったら、小さなことでも教えてね」

「わかった」

 今度は現状維持でなくて、改善に向かうといいな。リージュのためにも、兄さんのためにも。外で元気に駆け回るリージュを、うちも見たい。リージュと外を歩きたい。

 新薬が、その夢に少しでも近づける希望になると信じて。

「あと、掃除用具、見つかったよ」

 続けられた言葉に、動きがとまりそうになった。平静を装ったまま、顔をあげる。

「ホウキ?」

「うん。僕の誤解だったみたい。ごめんね」

 掃除用具はまだエグナーのところにあったと思ったけど。もしかして律儀に返しに来てくれたのかな。

 エグナーに直接渡されたとかではないよね。兄さんはなにも言わないし。そもそもエグナーは、うちと兄さんの関係を知らないもん。

 やわらかく笑う兄さんを前に、ひとまずエグナーの存在は知られていないとは思えた。

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