第11話

 リージュの自室の扉を開けて目に入ったのは、窓の外に視線を送るリージュだった。どこか不安げな表情で、いつもの輝く笑顔がない。

「どうしたの?」

 もしかして、体調が優れないのかな?

 心配の声を送ったら、リージュの視線が送られた。口元は笑っていたけど、あふれんばかりのいつもの笑顔とは異なる。無理して作った笑みだとは、すぐに見破れた。

「体は平気?」

「変わらないよ」

 声のトーンも少し低い。いつもとは明らかに違う雰囲気に、不安に襲われる。

「元気ないね。なにかあった?」

 『体調は変わらない』と言ったし、表情が暗い以外の異変は感じられない。体は本当に平気なのかな? だとしても、元気のない姿は不安をあおられる。

「ラヤこそ、平気だった?」

 質問返しの意味がつかめなくて、首を傾げて返す。リージュに心配されるようなこと、あったかな。

「『よそ者が見つかった』って聞いたよ。なにもなかった?」

 リージュもその話を聞いたんだ。家の人から教えられたか、偶然聞いたかしたのかな。そのせいで不安になっているんだ。

「ラヤ、いつもより来るの遅かった。『なにかあったのかな』って心配になっちゃったよ」

 そう思わせちゃったんだ。

 エグナーを優先させないといけない事情があったとはいえ、リージュをこんな気持ちにさせてたなんて。ごめんね。

「うちも聞いたよ。なにもないから、心配しないで」

 兄さんに続いて、リージュにもウソをついちゃった。罪悪感はあるけど、リージュを安心させるためだから。いいよね?

「気をつけてね。ラヤになにかあったら、嫌だよ」

 不安に光る瞳。本当にうちを心配してくれていると、つとに伝わる。

「目撃以外のウワサはないし、相手に悪意はないんじゃないかな? 心配しなくても平気だよ」

 リージュの不安を少しでも軽くしたくて、言葉を続けた。うちの本心でもある。エグナーに『この島を、島の人をどうにかしよう』って悪意は感じられない。きっと平気。

「でも……不安だよ」

 ずっとベッドに縛りつけられて、うちより狭い世界しか知らないリージュ。

 リージュからしたら、他の島の人以上によそ者は恐怖の対象なのかな。

 縮みきった姿に、すっとカゴを伸ばす。

「パン、あげるから。元気、出して」

 どうにかいつものリージュに戻ってほしくて、極力明るい声を発した。カゴに落とされたリージュの視線が、ぱあっと明るくなる。

「もう作ってくれたの!?」

 カゴを手にしたリージュは、喜々とした表情で布をめくった。いつもの表情と差異なく見えて、一時的でも元気になってくれたのかと安心する。

 笑顔に戻ってくれたのはうれしい。ここまで喜んでくれるのも素直にうれしい。作ってよかったと思えるし、料理がもっと好きになる。

「ありがとう、大好き!」

 早速1個を手にしたリージュは、輝いた笑顔を見せた。

「いただきまーす」

 控えめに口にしたリージュは、満足げに数回こくりとした。満足できる味だったみたい。よかった。

「くれぐれも気をつけてね。なにかあってからだと、遅いんだよ」

 食べながらも完全に危惧は消えてはくれなかったのか、心配の言葉をかけられた。

「ありがとう。大丈夫だよ」

 既に接触しているけど、そう返した。接触しているからこそ、大丈夫と思えたのかも。

「優しいのは、ラヤの長所だよ。でも、だまされないかは心配」

 パンを食べながら続けられた声の奥には、さっきの不安がかすかに再燃していた。

 料理だけだと足りないほどに、リージュを不安にさせているんだ。

 うちがエグナーをかくまっているせいでもあるのかな。エグナーを島に突き出して拘束させたら、リージュをここまで不安にさせることはなかったのかな。

 でも悪いことをしそうにないエグナーをとらえるなんてしたくない。

 エグナーをリージュと会わせたら、人柄で悪人ではないと判断できて安心させられる? 『よそ者がいる』って現実を前に、余計に怖がらせちゃう?

 どうするのがリージュを安心させられるのか、今のうちにはわからないよ。

 かすかな不安を隠せないリージュを前に、いつもみたいに明るくふるまうしかなかった。

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