第10話
「昔、この島は船で自由に行き来できたんだ」
船の単語に、エグナーは小さな反応を見せた。
この島に来るには、船しか手段がない。ちらつく記憶でもあったのかな。
「渡航した冒険者を助けるために、珍しい素材を使ったの。貴族に渡す予定だった品で」
幼い頃からずっと言われてきたことだから、脳に強く刻まれている話。
「結果、貴族に素材を渡せなかった。違約として、この島には納品のノルマがあるの」
納品のことは知っているのかな。話を黙って聞いている以上、納品についても無知なのかな。
「この島は『よそ者を助けるのはよくない』という感情が根づいちゃったんだ」
うちの話を、エグナーは神妙な面持ちで黙って聞いていた。視線は一点に定まらなくて、ちらちらと記憶をたどっているかのように感じられる。
「……大変だね」
ようやく返された声。記憶のハッキリしない状態だと、この話を受容する余裕がないのかな。
「生まれた頃から、納品するのが当たり前だった」
豊富な自然で、食料とかには特に困らない。でも納品ノルマのために採取したり、作ったりの数が多くて大変。『より高品質なものを』と求められるから、兄さんは日々研究を欠かさない。
「いつ終わるのかわからない。平穏な日々を続けるためにも、従うしかないの」
逆らったら、徴収者にどうされるかわからない。
船以外に島を出る手段がない、この場所。島に火を放って船で帰られたりしたら、島の人は逃げる手段もなく火にのまれるしかない。
納品ノルマさえこなしたら、変わらない無事な日々を送れる。自身の、島の人の安全のためにも、続けるしかないんだ。
「ノルマがなかったら、もっと自由に採取にいそしめたのかな」
その夢がかなう日は来るのかな。
ノルマを気にしないで、自由に採取をして、素材の研究をする。
それができたら、素材の新たな可能性を知られて、リージュの治療につながるなにかが発見できるかもしれないのに。
兄さんも様々な調合を試せて、画期的な新薬を作れるかもしれないのに。
今は、ノルマが最優先でないといけない。合間に時間を見つけてやるしかない。
本当はリージュのためにできることを全力でやりたいのに。最優先にできない現実が悔しい。
「ここ、素材が豊富だよね」
うちはそう思ってきたけど、他の地はどの程度の生育状態なのか知らない。この島が本当に『素材が豊富』なのか断言はできない。
でもよそ者のエグナーもこう言うなら、本当に豊富と考えていいのかな?
「そうなのかな」
「見かけない素材も多いし、独自の生態系でもあるのかも?」
その言葉には同意できなかった。この島が独自の生態系なのか、うちは一切知らないから。
こう言えるからには、エグナーも少しは素材の知識があるのかな。そこの記憶は残っていたのかな。
「貴族が欲した素材ってのも、レアだから求められたんだろうし」
冒険者を救うために使った素材。珍しいから、貴族に求められた。貴族が求めるほどだから、外の世界からしたら珍しい素材だったんだ。
「今は『目にするだけで不幸になる』と言われて、島では嫌われた素材だよ」
冒険者を助けられるだけの治療効果はあった。でも、島を不幸にした品でもある。
調合に使ったら、希有な能力を発揮できるかも。でも島の人はあの素材を使うのを、目にするのをよしとしない。
兄さんも、あの素材だけは採らなくていい、採ってはいけないと話している。
『リージュの治療に使えるのでは』と兄さんに提案したことはある。兄さんは否定した。冒険者の症状とリージュの症状は大きく異なるから、リージュの治療には使えないだろうというのが兄さんの見解だった。
うちも兄さんの言葉に納得して、結局あの素材を採取したことはない。
「元々珍しかったし、洞窟の奥地に生育するので、基本的に見ないでいられるんだけどね」
経緯もあって、その洞窟は事実上の立ち入り禁止になっている。
近くを通りかかったことはあるけど、一見変哲のない洞窟だ。でも事情を知っているせいか、どこかまがまがしさを感じられた。
冒険者を助けたことを後悔はしたくないのに。素材を忌む心が、うちにも少なからずあるのかな。ずっと言いつけられてきたから、本能的に拒絶が作られただけ?
「複雑な事情があるんだな」
そうなのかな。
ずっとこの島で育ってきたうちからしたら『当然』で、複雑なのかすらわからない。
こんな話を長々として、心に余計な負荷をかけちゃったかな? エグナーも大変な事情があるだろうに。
「記憶は戻りそう?」
気になるのはそこだよね。
さっき『船』の単語にかすかに反応してたように見えたけど、かすめたのかな?
「大切なことが思い出せそうな気がするんだけど……重要なことは、まだ」
そっか、想起はしなかったんだ。こうやって聞くのも、急かすみたいでよくないかな。
「困ったことはない?」
こんな症状の人は初めてで、どうするのが最善かわからない。
「大丈夫」
そう言ってくれるなら、心配の必要はないのかな。
「なにかあったら、言って。できる限りの手はつくすよ」
兄さんの言いつけを破るみたいだけど、放ってはおけないよ。うちにもできることなら、力になりたい。
「ありがと」
笑顔で返したエグナーに別れを告げて、足早に目的地に向かった。
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