第3話

 目的の家について、扉をたたく。待つ時間もなく、笑顔の家の人に出迎えられた。

「いつもありがとう」

「いえ、こちらこそ」

 挨拶を返して、案内された部屋の扉を開ける。

 ベッドで上半身を起こして、部屋に差す優しい朝日を眺める変わらない姿。

 ゆるいウェーブを作った長い髪は、朝日をあびてやわらかいツヤをたたえている。太陽を知らないような真っ白な肌は、うっすらと血管をすけさせている。

 うちに視線を移すなり、あたたかい笑顔を見せてくれた。

「いらっしゃい」

 笑顔も声も、うちに安らぎを届けてくれる。

「お薬、持ってきたよ」

 兄さんが作ってくれた薬を、荷物から出す。

「はーい」

 もらう言葉は、かすかに沈んでいた。やっぱりこの薬、飲みたくないほどの味なのかな。

 兄さんが全力をつくしてくれてるのはわかっているから、文句は言えない。きっと全力をつくして、この味なんだ。試薬段階では、もっとひどい味だったんだろうな。

「具合は?」

「変わらないよ」

 いい変化も悪い変化もない。喜んでいいのか、落胆するべきなのかわからない返事。

 体の弱いリージュは、物心がつく前からずっとこの生活を送っている。幼い頃は、うちと外で遊べたりもしたのに。今では外出もできなくなった。

 ベッドから動くこともままならない生活。

 毎日採取に歩き回れるうちでは想像もできないほど、つらい日々を送っているんだ。

 うちは救いたい。リージュを、この生活から。

 兄さんに頼んで、リージュの薬を調合してもらっている。うちもリージュの治療に使えそうな素材がないか、日々捜索している。

 人口の少ない島で唯一と言っていい、同年代のリージュ。唯一と言っていい、気心の知れた大切な親友。

 なくさないように。本当の笑顔にさせられるように。

 薬には、その思いが詰まっている。

「パイも持ってきたよ」

 荷物からパイを出して渡す。

「ありがとー。ラヤの手料理、大好きー」

 家の人もリージュに料理は作る。リージュがこう言ってくれるから、うちがリージュに料理を作るのは定番だ。

 幸い、リージュに食事制限はない。好きなものを食べられる。

 『うんと食べるほうが健康的。リージュの幸せが増えるのはうれしい』と、家の人もむしろうちの料理を歓迎してくれる。

 薬の効果を相殺しないように、悪くしないようにの配慮は忘れない。それさえ気をつければ、リージュに様々な味を楽しませてあげられる。

 ベッドから動けないリージュにうちができるのは、これくらいだもん。兄さんだけでなく、リージュのために作れるのはうれしい。

「いつもより少なめだね」

 軽く届いた言葉に、どきりとした。

 さっき少年にあげたから、リージュにあげる量は予定よりも少なくなった。リージュにパイを持ってくることは多かったから、いつもと量が違うと気づかれたんだ。

「多めに食べちゃった」

 うちと兄さんの朝ご飯を多めに作って、リージュに渡していることは知っている。『多めに食べたから、リージュに渡す量が少なくなった』という話は通用する。

 少年のことは言わなかった。言うべきではないと思ったから。

 リージュにあげるはずの品を渡したから、不快にさせるかもしれない。そう考えたのもある。

 それ以上に、島で見知らぬ人を見かけたという事実は、リージュの不安をあおるかもと思ったから。

 ベッドから動けないリージュ。この島に少しでも不安を感じたら、逃げられない恐怖を与えてしまう。

 追い詰められた精神は、きっと体に悪影響を与えてしまう。

 リージュの健康のためにも、治療のためにも。真実は言うべきではない。

「ずるーい」

 唇をとがらせて、愛らしく不満を漏らすリージュ。うちの本心には気づかれなかった。

 『多く食べた』だけの情報で『少年にあげた』事実までたどりつけたら、高すぎる推理力が怖くなるもん。

「ごめんね。今度はちゃんと持ってくるね」

「ウソウソ。怒ってないよ」

 弁解したうちに、リージュはけろりと笑って返した。『怒られている』と思ったわけではなかったけど。少年のことを隠そうと、自然と慌てた口調になってたのかな。

「おわびに、好きなのを作るよ。なにがいい?」

 アゴに人差し指をそえて考え出したリージュ。愛らしい所作に癒やされる。よそを向いていた視線が、しばらくしてうちに戻った。

「久々にパン系が食べたいなっ」

 パン系か。作るのに時間がかかるから、つい遠のきがちになっちゃってた。リージュが望むなら、作るしかない。兄さんもパンは基本的に好きだし。喜んでくれるかも。

「早い時間は無理かもしれないけど。近いうちに作るよ」

 採取もある朝は、パンを作るのは大変そう。お昼以降かな?

「無理しないでいいからね」

 リージュの心配の声に、笑って返した。

「してないよ」

 リージュのためにできることに『無理』なんてない。

 うちはリージュのためになるなら、どんな苦労もいとわない。

 いい治療法が見つからないことに比べたら、パン作りなんて安いものだよ。パンだけでリージュを笑顔にできるなら、いくらだって作りたい。

 全力でおいしいパンを作らないと。

 励みすぎてリージュに渡す料理、連日パンにならないように注意だな。

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