第4話
リージュとの会話を終えて、リージュの家をあとにした。
自宅に戻る道すがらも採取するのが日常。
初めて見る素材はないか。見なれた素材でも、初めて見る状態に変化していないかのチェックは欠かせない。新薬開発の手助けになるかもしれないから。
素材の生育状態も見て、いつ頃採取できそうか計算するのにもすっかりなれた。素材の数が多すぎて、正直覚えきれないけど。
今回は、パンに使えそうな材料も採取する。気が早いかな。
少年を見かけた場所に通りかかった。少年の姿はない。最初から誰もいなかったかのように、変わらない景色に戻っている。
どこかに向かったのかな?
あの状態の人を声かけだけで放っておくなんて、さすがにいけなかったかな。記憶が欠けて、少しは不安もあっただろうし。もっと寄りそってあげるべきだった?
誰もいない場所を前に、思いは空回りするだけ。
うちも結局、冷たい人なのかな。
ここに来た目的を思い出せて、向かったのならいいけど。
今となっては、そうであることを願うしかできない。
ちりっとする後悔を胸に歩いて、自宅についた。
扉を開けたら、朝と変わらない兄さんの背中。自宅を実感する薬品臭。
調合する兄さんの隣に採った素材を置いたり、それぞれの素材に適した場所に格納する。
「そろそろ畑の収穫をしたいんだ。どうだい?」
調合を続けながらも、兄さんはやっぱりうちが帰ってきたのに気づいていた。
「いいよ」
うちも、畑は収穫しどきだと思っていた。迷わず賛同する。
家の裏を少し歩いた場所に、素材とかの畑がある。手間のかからない素材ばかりを選んでいるから、世話はそこまで大変ではない。
とはいえ、そこそこの広さがある。収穫は簡単ではない。単調で、地味に体力も奪われる。
収穫どきを逃したら、素材の最高の素質が死んでしまう可能性もある。2人で採取していた。
世話や収穫の大変さを理解していても、畑を作る道を選んだ理由はただ1つ。
「今回は足りるかな?」
頭を垂れる素材たちを前に、漏れてしまった声。
「またノルマが厳しくなったね。全力で励むしかないよ」
島の人全員に課せられた、納品ノルマ。
徴収のために島に来る船に、課せられたノルマに足りる納品をしないといけない。先祖から続けられた、この島のルール。
島で採れる素材にだけでなく、素材で作った品も納品ノルマにある。兄さんは毎日薬を作っているし、うちは調合に使う素材採取を欠かすことはない。
素材が豊富でまだ枯渇こそしないけど、日々厳しくなるノルマは島の人の生活を確実に苦しめている。
それでも、背くことは許されない。一切の武力を持たないうちらが反逆をしても、返り討ちにされるのはわかっているから。
ノルマさえをこなせば、変わらない生活を送れる。平和だけを祈って、厳しくなる納品をこなし続けるしかないんだ。
この島で平穏にすごすために。リージュに危険を渡さないために。
「ほしい素材があったら、言って。どんな奥地にでも採りに行くよ」
調合が苦手なうちが兄さんのためにできることは、採取しかない。幼い頃から採取を続けていたから、地理や素材の知識は深いもん。
うちの言葉に、兄さんはほころばせてくれた。
「気持ちはうれしいけど、危険なことをしてはいけないよ」
高い木の上とか、急勾配の坂の上とか、危険な場所にある素材も兄さんは知っている。うちがそこの素材を採りに出るんじゃないかと危惧したのかな。
「採取はなれているから、平気だよ」
どれだけ採取の腕をあげても、兄さんの心配はぬぐえないみたい。唯一の家族だから、当然なのかな。
うちだって、兄さんに危険な思いはしてほしくないもん。
「採取に励んでくれて、おいしい料理を作ってくれるだけで満足だよ」
そう言ってくれるなら、採取は今までと変わらずでいいのかな。無理して、兄さんに心配をかけさせたくない。
リージュだけでなくて、兄さんにも料理を喜んでもらえるなら、素直にうれしいし。兄さんのためにも、パン作りを励むしかないな。
「兄さん、どんなパンが食べたい?」
どうせなら、兄さんが好きなパンを作ろう。いつも調合に励んでくれる兄さんに、少しでも恩返しがしたい。
「なんでも好きだよ」
また困る返しを。兄さんらしいな。
「干し豆パンにするよ?」
おどけて返したうちに、兄さんは眉を垂らして困り顔になった。
煮豆は平気なのに、干し豆が苦手なんて。うちにはよくわからない好みだよ。今の兄さんには効いたみたい。
「強いて言うなら、ピタかな」
「楽しみにしていてね」
自分でハードルをあげちゃった。でも今回は、ただの料理ではない。リージュに、兄さんに作る思いの詰まったパン。いつもより腕を振るわないと。
兄さんと採取を続けて、仕事は終わった。
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