第2話
「ん……」
うちの手の感触が原因か、倒れた姿がもぞりと動いた。とっさに手をひっこめて、動作を開始した姿を眺める。
ぴくりと動いた手が、地面をつかむように動く。ゆっくりとした動作で、上半身が起こされた。
土によごれた顔が、うちに向けられる。
少年と呼ぶにふさわしい、まだ幼さの残る顔立ち。意識がハッキリしないのか、表情はぼんやりとしている。
「大丈夫ですか?」
今、かけるべき言葉はこれだよね。事情はわからないけど、この人はここに倒れていた。無事を確認しないと。
寝ていただけだったなら、誤解を謝って立ち去ればいい。
「……なにが?」
返されたのは、的外れな返事だった。ろれつは回っているけど、芯のない声。意識が戻ったばかりで、状況をつかみきれていないのかな。
「ここで倒れていたので。体に痛みなどはないですか?」
得意ではないとはいえ、うちも少しは薬品の調合はできる。痛みとかがあるなら、なにかしらの薬を作ることくらいはできる。
急に調合を始めたら、兄さんに怪しまれちゃうかな。『練習』って言ったら、平気だよね。
「倒れて……?」
かすかに眉を動かして、自身の周囲を見回した少年。まだ頭が働かないのかな。
黙って見守るべきかもしれないけど、気になるから荷物から布を出す。
「少し、失礼します」
土によごれたままの少年の顔を、布でさする。かわいた土が付着しただけだったから、すぐにとれた。
服についた土をとるのは、さすがに失礼だよね。服なら自分で視認できるし、私がやる必要もない。
「あ……ありがと」
土がついた布を見て、うちの行動の意味を悟ってくれたみたい。
体についた土を、自らの手で少年はバタバタと豪快に払った。ここまで動けるなら、体に痛みはなさそうかな。よかった。
「どうしてこの島にいるのですか?」
しかも、倒れた状態で。無事そうな姿を見る限り、野宿していただけと考えられるかもしれない。でも、そうとは思えない心があった。
この島は、自由な渡航が禁止されている。この島に来る一般船は存在しない。
観光とかで、この人がこの島に来ることはできない。
厳重な監視とかはないから、こっそり海を渡ったら来られるのかな? この島から、他の島が見えたことはない。行くにしたら、結構な距離を渡ることになりそう。
そこまでして行く理由もないよね。少年の無事が確認できたら、次にこの疑問が生まれるのは当然の流れだ。
「どう……してだろ」
まだ記憶が混濁しているのか、少年の答えは曖昧だった。会話のおかげか、声はしっかりしたものになっていた。
「『徴収』の人ですか?」
少年は動きをとめて、かすかな反応をのぞかせた。
やっぱり、そうなのかな。
この島と外部をつなぐ船は、徴収の人が乗った船しかない。でも次の徴収は、まだ先なのに。
「乗り遅れたのですか?」
前の徴収の船は、もう出てしまっている。事情で乗られなくなって、今まで身をひそめて野宿をしていたの?
問いにも、少年は明確な答えを返さなかった。
「……ごめん、よくわからない」
不安の乗せられた声に、周囲をまさぐるようにちらちら動く瞳。ぼんやりとした表情は消えたのに、少年は態度をハッキリさせない。
「どうしたのですか?」
ここまで来ると、さすがに特別な事情を察する。
「オレ自身、どうしてここにいるのか思い出せないというか……」
曇らされた声は、よぎった可能性を形にした。
曖昧な態度は、すべて。
「記憶がないのですか?」
これが原因?
聞いたうちに、少年は表情を明るくして両手を振った。
「そんな大それたことじゃないよ! 自分の名前とかは覚えてる! でも、ここに来た理由とかがさ」
部分欠乏かな。
記憶喪失の中には、自分の名前はおろか、言語とかも忘れてしまう完全欠乏もある。部分的な欠乏なら、まだ安心だな。
どんな事情で、この人が島に来たのかはわからない。本人もわかっていない以上、突き出すべきではないよね。
「ここがどんな島なのかは、わかっていますか?」
「わかるような、わからないような」
曖昧な記憶だと、知らないのかな。
『わからない』って言わないのは、思い出せそうな予感もあるから? 一時的な欠乏で、なにかがきっかけで思い出せそうならいいけど。
「……島の人とは、交流しないようにしてください」
心苦しいけど、これが現状だから。
「どういう意味?」
知らないのなら、今のうちの言葉に疑問を抱くのは当然の流れなのかな。
納得させるために、説明をするべき?
でも言葉にしたら、この島がそんな場所なのだと認める気がして。
「よろしければ、これをどうぞ」
荷物から、パイを半分出して渡す。
この様子だと、食事や寝床に苦労するよね。少ししかないけど、空腹をしのぐ程度はできると思う。
「いいの?」
パイを見た瞬間、少年の瞳は太陽のように輝いた。既に空腹だったのかな。やつれた様子はないから、何日も絶食だったわけではなさそうだけど。
「お口にあうかわかりませんが」
「ありがとう!」
少年は早速、パイを口にほおばった。笑顔でがっつく姿を前に、もっとあげればよかったかなとよぎった。でもこの人にあげすぎたら、渡す分がなくなっちゃう。
この人も気になるけど、早く行きたい思いもある。
島に危害を加えそうにも見えない。本人も事情が思い出せない状態。そっとしておいても、問題はないよね?
「西には食べられる果実が実っています」
この様子だと、あげたパイだけだと足りないかな。来る人が少ない西なら、見つかる可能性も低い。伝えて、腰をあげた。
「失礼します。お体、大切に」
「行くの? 気づかい、ありがと」
パイを手に、少年は人なつこい笑顔を贈ってくれた。会釈を返して、目的の場所に早足に向かった。
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