孤島に迫る徴収船と赤の少年

我闘亜々亜

第1話

 朝の採取を終えて、自宅の扉を開ける。

 木製の小さな室内の中心にたたずむ、変わらない背中が見えた。

 うちに背を向けて、調合にいそしむ兄さん。調合中特有の香りをかぐと、家に帰ってきたって気分になれる。うちは好きだけど、好悪はわかれそうな香り。

 兄さんにそっと近づく。静かに歩こうとしても、体重に沈んだ床板がほのかにきしむ。

 隣に来たら、香りが強くなった。気にとめていないかのように、少しの動きも見せない兄さん。

 対面する長机には、調合に使う素材や用具が散らばっている。整理整頓ができる兄さんだけど、調合中は構っていない。集中している証拠。

 沸騰した器具がコトリコトリと揺れて、温度も高く感じる。

 邪魔しないように無音で、採取した素材の入ったカゴを置く。

「ありがとう。お疲れ様」

 一見、うちが帰ってきたことに気づいていない様子の兄さん。本当はきっちり気づいている。こうしていつも、採取から戻ったうちにねぎらいの言葉をくれる。

 うちに一瞥もなくて、調合の手もとめないけど。兄さんの優しさを感じられて、好きな瞬間。

「これ、薬ね」

 卓上に置かれた薬が、うちの前にすべらされた。小さなビンに入っていて、少しどろっとした印象。おせじにも『おいしそう』とは思えない。薬においしさを求めるのは、間違っているのかもしれないけど。

「ありがとう」

 ビンを手に、じっと眺める。少しのかたむきに、薬液がじっとりと寄る。変わらない薬。変わらない症状。

 新しい素材を発見できたり、新たな薬を開発できたりしたら。

 もっとよくなれるのかな。

 そう思っても、口には出さない。

 兄さんは毎日、薬を調合してくれる。時間を見つけては、試薬の開発にいそしんでくれている。知っているから。

 努力はしているのに、結果にならない。その思いを知っているから。

「朝ご飯、なにがいい?」

「任せるよ」

 調合に集中したいのか、本当になんでもいいと思っているのか。兄さんからの返事はほとんど毎回、これで固定していた。

 毎回メニューを考えるのは大変だから、決めてほしい思いはあるけど。メニューを考えるのは、思いがけないひらめきを生んでくれる可能性もある。

 たとえば、新しい調合方法とか。

 兄さんほど調合をしないし、調合自体が得意ではないうちはひらめきに期待できなさそうだけど。

 小さな期待があるから、毎日の料理も苦にはならない。兄さんのために作れる事実もうれしい。兄さんが料理を喜んでくれるのがうれしい。

 調合に使う材料だけではなくて、料理に使える食材も毎日採取している。

 採れたての新鮮な食材を見て、メニューを思案する。前のメニューと重ならないように。より兄さんを喜ばせてあげられるように。

 考えた結果出た、メニューは。パイにしようかな。




 兄さんとの朝ご飯を終えて、薬と多めに作ったパイを持って自宅を出た。

 自然になじむ木の家の先には、そこそこの広さの畑がある。結構、育ってきたかな。

 新鮮な外の空気にふれると、自宅には薬品の香りがしみついちゃっているんだなと実感する。緑の香りは、臓器をリフレッシュしてくれる。

 新緑ばかりの周囲には、人の気配は感じられない。元々人口の多い島ではないし、各家が離れている。自宅付近で人と会うことはほとんどない。『素材採取に便利だから』と、うちたちがより自然の豊富な地に家を構えたのもある。

 目的地を目指しつつ、素材の生育を見る。限られた時間で効率よく採取するために、移動時間すらうつつにすごせない。

 動かす目が、一点でとまった。

 遠くにある木の根元に、見覚えのない赤いものが見える。両腕で円を作ったくらいの大きさっぽい。

 あんな場所であんな素材、見たことがない。大きさ的に、岩? そもそも毎日歩くような道であんなものがあったら、さすがに見逃しはしないよ。

 正体を確認しようと近寄って、正体がわかる。

 人が、うつぶせで倒れていた。横に向いて少しだけのぞく、まぶたが閉じられた顔や後頭部から流れる髪には一切、見覚えはない。

 交流の濃さの違いはあれど、うちは島の人すべての顔は把握しているはず。この島の人ではないみたい。

 こんな場所で休憩をする人がいるのかな。寝ているだけって考えていいの?

 うつぶせな上に露出が少ない服のせいで、外傷があるのかわからない。一見、服にシミや損傷はなさそう。ケガはしていないの?

 駆け寄って、口元に手を近づける。

 しっかりとした呼吸はある。

 生きてはいる。ひとまず安心だな。

 状況をつかむために混乱を消して、倒れた姿を眺める。

 顔色は悪く見えない。呼吸は乱れていないし、弱すぎるようにも感じない。表情も苦しそうには見えない。緊急を要される状態ではなさそう。

 動きやすさを重視したようなシンプルな服は、ところどころ土でよごれている。血らしきシミは見当たらない。着用してる赤い上着も、強く乱れたようには感じない。

 そっと頬にふれる。感じる熱は平熱。病的な高熱や低体温ではなさそう。

 手を、首筋に動かす。脈も乱れていない。弱くもなくて、病的な症状は感じられない。

 体調に問題はないのかな。休んでいただけだったのかな。

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