第2話
─1─
「今日から、ここで働かせてもらうことになった、
新しく入ってきたバイト子は、元気よく自己紹介を終えた。
俺は、挨拶の後彼女と会話を交わすことなくその場を去った。
◇◆◇◆
「失礼します!」
俺は、今日もしっかりと時間通りに仕事を終えて喫茶店【アストレア】をあとにしようとした時だった。
「あ、ちょっと待ってくださいよ!」
後ろの方から、そんな声が聞こえてきた。
俺じゃないよな。
「ちょ、なんで待ってくれないんですか、慧先輩!」
と言って彼女は、俺の服の裾を掴んできた。
「え、俺?」
「はい、そうです。貴方です」
「本当?」
「はい、本当です。っていうか、これを嘘って言うメリット私に全くありませんから」
「さようですか」
「はい、さようなんです」
「で、君は、俺になんの用が?」
「むー、君ってなんですか、私ちゃんと名前あるんですけどね。瑞樹未来って名前が」
「えーと、それはつまり、名前で呼んでってこと?」
俺こういうこと体験したことないから、どうすればいいのか分かんないんだけど。
「はい、そうです」
「じゃあ、未来さんで」
「よろしい」
「で、未来さんは俺になんの用で?」
「単刀直入に聞きますよ。慧先輩って、あの慧先輩ですよね」
「いや、あの慧先輩とか言われてもわかんないんだけど?」
「触れてはいけなかった先輩ですよね」
久しぶりに聞いたな。そんな風に思うと同時に、今でも俺のことはそんな風に呼ばれているのかという悲しいさがあった。
「そうだよ。たぶんね」
「やっぱりそうですよね!」
「それで………………なんだって言うだ」
「え?」
俺は、自分がとても怖い声を出していたことに彼女の反応を見てから気づいた。
「あ、ごめん。なんでもない」
「………ああ、いえこちらこそすいませんでした!」
それから俺たちは、1度も話すことなくお互いに自分の家へと帰った。
◇◆◇◆
リビングの扉を開けて妹が見えてか
から俺は、
「ただいま」
と言った。それが、俺たち兄妹の決まり事だ。
「おかえりー、兄さん」
妹もスマホから目を離して、そう言ってくれる。
それが、俺にとっては嬉しいことだったりする。
そんな妹の今の姿は、少しおへそが見える服で、だらしない格好をしながらスマホをいじっていた。
「はあー、瞳よ。それでもモデルなのか?」
「それは、どういう意味?兄さん」
「これは、俺の勝手な思い込みかもだけど、モデルって日常生活でも服に気をつかっているもんだと思ってな」
「それは、兄さんの思い込みだよ。絶対。だって、
「そう」
はは、咲空ちゃんの少しって言うのは、お前ほどじゃあないと思うぞ。
「そんなことよりもさ、兄さんなんで元気ないの?」
「え?」
俺は、さっきの一件で気分を落としていた。
でも、妹の前では、元気な姿を見せようとしたのに、妹は少し話しただけで気づかれてしまった。
…………やっぱり、兄妹だからかな。
「うん、元気はないかも」
「やっぱりね。兄さん」
「なんだ?」
「兄さん、今から、私と将棋しない?」
「はあ?お前将棋のルール知ってる?」
「知らないよ。でも、たぶん出来るし」
「絶対そんなことないだろう…」
「なに、それ!私が馬鹿だって言うの!」
「そうだよ」
「ど、どこが?」
「例えば、テストでは、毎回のように赤点ぎりぎりを取ってくるだろう?」
「っう!そ、それは………………」
そう、俺の妹は、確かにトップモデルではあるのだが、二次元みたく才色兼備ではないのだ。
「でも、勉強と将棋は違うし、できるもん!」
「ほー、じゃ、飛車はどうやって動く?」
「え、えーと。まず飛車ってなに、兄さん?」
「お前、そこから分かってないのか」
「むー、し、仕方がないじゃん。将棋なんて一度もやったことないし」
「じゃあ、なんで将棋やろうとか言ってきたんだよ…」
「ほら、なんか最近将棋流行ってるでしょ。だから」
「そうか。でも、流行っているからってそう簡単にやるもんじゃないと思うけどな」
そう言うと、妹は、「私だってやればできるもん!」と言いたげな顔をむくれさせながら俺を見てきた。
だから、俺はこう提案した。
「じゃあ、将棋は知らなかったかもしれないけど、オセロなら知ってるだろ?」
「うん」
「じゃあ、オセロやろ」
「うん!」
それから、俺と妹は、オセロを3回程やった。
結果は、俺の3連勝だった。
妹は、
「兄さん、絶対ずるしてるでしょ」
といい続けている。
俺が、ずるなんてしてないと言っても、妹は頑としてその言いぐさを変えない。
俺の妹は、少し変わったところで頑固になるのだ。
そして、妹はこう言うのだった。
「兄さん!もう一回やるよ!ずるしたらいけないから!」
「はいはい」
そして、俺は4回目をやることになった。
結果は、俺の勝ちだった。
それからも何回も妹は、俺に挑んできては、負けて、ずるしたら駄目!と何回も言ってきて、20回ぐらいやったころだろうか、やっと俺に妹は勝つことができた。
それが、よっぽど嬉しいかったのだろう。
妹は、俺に抱きついてきた。
妹が急に将棋しようと言ってきてくれたのは、たぶん、俺に元気がなかったから、元気づけようとしてくれたからだよな。
だから、そのお礼と言うには、遠く及ばないかもしれないけど、俺はお礼の意を込めて妹の頭を撫でてやった。
その時の妹は、とっても嬉しいそうで、それでいて、とっても幸せそうな顔だった。
俺は、そんな顔を見ると、別に俺に青春なんていらないんじゃないかと思ってしまう。妹がいればいいじゃないかって思ってしまう。
でも、妹がずっと俺のそばにいてくれるとは限らない、高校を卒業したら、すぐに結婚して俺から離れていってしまうかもしれない。
だから、俺には、青春が必要なんだ。
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