第25話
「は、はい!」
後ろから急に声を掛けられて思わず飛び上がってしまった。
「ふふ。驚かせちゃったわね。」
大和さんは、口に手を当ててお上品に微笑んだ。見た目だけではなく、仕草や言葉遣いも女性らしく気品に満ち溢れていた。
「どうかした?」
大和さんは私の視線に気がつき不思議そうな顔をして首を傾げる。
「い、いえ。大和さんって同性の私からみても完璧な人だなと思って…。」
「え?私が完璧?」
大和さんは一瞬キョトンとするが、すぐにくすくすと笑い出した。
「私、全然完璧じゃないから。柊も葵も知ってるけど、料理とか掃除なんて全然できないし。」
「え?そうなんですか?意外です…。」
「ふふ。それより、アレンジいい感じに出来てきたわね。いつから葵のレッスン受けてるの?」
大和さんは私の手元にあるボックスを見て微笑んだ。
「レッスンは体験を合わせると、やっと4回目を終了したところです。」
「そうなの。まだ日が浅いのにだいぶ手つきがいいわね。」
「そ、そんなことないです。いつも葵さんに怒られてばかりで…。」
褒められてなんだか照れ臭く、手元のローズを手のひらで転がしながら下を向く。
「葵は女性が苦手なところがあるから、私以外の女性に心開いて、レッスンしている姿見て驚いたわ。」
「葵さん、私に心を開いているんでしょうか?いつも眉間にシワを寄せてばかりですし…。」
私は、指で眉間にシワを寄せて見せる。
「うふふ。よく似てる。昔から葵はああいう顔をするのが癖なのよ。それに、気になる子の前では、さらに意地悪になるっていうか…。ほら小学生でいたでしょ?愛情の裏返しで、意地悪してくる男の子。あんな感じなのよ。」
「え?」
やっぱり葵さんは私のことが好きなんだろうか…。また、昨日、葵さんに言われた言葉を思い出して、思わず赤面してしまう。
「誰が小学生れだよ。」
慌てて振り向くと、2階から降りてきた葵さんが、ムスッとした表情で後ろに立っていた。
「あ、葵さん!」
「葵?いたの?」
「俺がいないからって、変なことこいつに吹き込むなよ。」
「うふふ。言葉のあやよ。」
大和さんはクスクス笑いながら、店内へ戻って行った。
「アレンジできたのか?」
葵さんが私の手元からボックスをさっと取り上げる。しばらく眺めると、少しローズの位置に手を加え、全体のバランスを確認する。
「よし。なかなかいいな。これ店内に並べてみるか。」
「え?私が作ったアレンジも商品として売れますか?」
「まぁ、色の好みとか分かれるけど、商品としてはいいと思うぞ。売れるといいな。」
葵さんは自分のボックスアレンジも手にとると、店内へスタスタと歩いた行った。私も葵さんの後に続いて店内へ戻る。葵さんは、プリザーブドフラワーが陳列されている棚に、私たちが作ったボックスアレンジを2つ並べて陳列した。
「さぁ、どっちが早く売れるかな。」
葵さんは2つ並ぶボックスアレンジを見てニヤリと笑った。
「そりゃあ、先生の葵さんの商品が先に売れるに決まってるじゃないですか。」
私は葵さんの意地悪な発言に頬を膨らませる。
「だから、色の好みもあるって言ったろ?じゃあ、こうしようぜ。もし、俺より商品が早く売れたら、何でも言うこと聞いてやるよ。」
「え?本当ですか?で、でも私が負けたら?」
「そうだな…。俺が勝ったら、またスイーツでも買いに行くの付き合ってくれよ。」
「え?そんなことでいいんですか?てっきり、俺の言うことを何でも聞けって言うのかと思いました。」
安堵で胸を撫で下ろしていると、葵さんがニヤリと笑った。
「別にそれでもいいんだぞ?でもすみれが、俺が勝つに決まってるって言うから…。」
「そ、そうですよ!この条件でいいです!」
2人でギャーギャー騒いでいると、柊さんの呆れた声が聞こえてきた。
「おーい2人とも!そろそろ店片付けるぞ。」
「ふん。無駄な話だったな。」
葵さん鼻で笑うと店の表へ出て行ってしまった。
「何よ。ムカつくー。」
私も葵さんの後を追って表へ出て行った。葵さんは表に並ぶ鉢植え片付け始めていた。
「無駄な話とはなんですかぁ!」
私も鉢植えを手にとると葵さんの前に立ちはだかる。
「どけよ。だって無駄だろ。もう少し自分の作品に自信持てよ。」
「え?」
驚いて立ち尽くしていると、葵さんはヒョイっと私を避けて店内へ鉢植えを運んで行った。
「なるほどね。」
背後から急に声がして驚いて振り向くと聖さんが考え込む仕草をして立っていた。
「ひ、聖さん!」
「ちょっと早かったかな?外で待ってるから。」
いつものように、爽やかに笑うと、聖さんは店の前のベンチに腰掛けた。
「す、すみません!」
私は慌てて鉢植えを店内へ運び入れた。
「なんで、聖が外で座ってるんだ?」
葵さんが不思議そうな顔をして私を見る。
「今日、聖さんと食事をする約束をしていて…。」
「聖と?」
葵さんの眉間にシワが寄る。
「はい…。」
「意外な組み合わせだな。まぁ楽しんで来いよ。」
葵さんは私の肩をポンと叩くと、2階へ上がって行った。
「すみません!お待たせしました!」
私はベンチで座る聖さんの元へ走って行った。
「大丈夫だよ。じゃあ、行こうか。」
聖さんは優しく微笑むとゆっくりと歩き出した。葵さんとは違って、私と歩幅を合わせて歩いてくれているようだった。
「今日はここのイタリアンにしようと思うんだけど、どうかな?」
聖さんは、一面ガラス張りのお洒落な店の前で立ち止まるとにこりと微笑んだ。
「はい。大丈夫です。」
聖さんの後に続いて店に入ると、店の奥へ案内された。席に辿り着くまでに、店の女性客たちがチラチラとこちらを見て熱い視線を送っていた。
「聖さん。すごい人気ですね。みんなこちらを見てますよ。」
席に着くと聖さんにこっそりと言った。
「そう?でも、僕は残念ながら女性には興味ないから。」
メニューを見ながら聖さんはサラリと言った。
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