第24話

「おかえり。」


柊さんは大和さんに気がつくと嬉しそうに微笑んだ。


「久しぶりに、お客さんに会ったら、まだ柊と結婚してないのかって、驚かれちゃったわ。」


大和さんがクスクスと可笑しそうに笑う。


「あ、えっと、まだすみれちゃんにちゃんと言ってなかったね。」


柊さんが少し照れくさそうに頭に手をやる。


「あ、葵さんから聞いたので、知ってますよ。柊さんと大和さんは、お付き合いされてるんですよね。」


うまく笑えてるか心配だったが、無理やり笑顔を作って言った。


「葵が?そうだったんだ。」


柊さんが少し驚いた顔をする。


「2人ともお似合いです!」


「ふふ。ありがとう。」


柊さんと大和さんは嬉しそうに笑った。胸張り裂けそうで痛かった。思わず胸に手を当てる。


「おい。すみれ。店の商品作るから手伝ってくれ。」


店の奥から葵さんが顔を出した。


「は、はい。」


私は慌てて店の奥へ走って行った。いつも、"お前"、"こいつ"としか呼んでくれない葵さんに、初めて名前を呼ばれたような気がした。


「今、すみれって言いましたよね?」


私は確かめるように、葵さんの顔を覗き込む。


「呼んだかもな。ちゃんと兄貴と話せたじゃないか。」


葵さんは鼻で笑うと、私の頭を優しくポンポンの叩いた。


「き、聞いてたんですか?」


葵さんは私に背を向けて、棚の中を覗いていて、返事をしてくれなかった。


「あっ、だから呼んでくれなんですね…。ありがとうございます。」


葵さんのさりげない気遣いが嬉しかった。


「別に。商品を一緒に作ろうと思っただけだよ。」


葵さんはそっけなく言うと棚からプリザーブドフラワーが入った箱を取り出した。


「レッスンを兼ねて、ボックスアレンジをやってみるか。」


「ボックスアレンジって、前に私が貰った箱のことですか?」


「そうだ。今まで習ったことを思い出せば簡単に作れるからやってみるか。」


「はい!」


葵さんは作業台にプリザーブドフラワーやアジサイが入った箱並べ始めた。


「好きな花を選べと言いたいところだか、商品は値段が決まってるから、値段内、しかも利益が少しは出るように花を選ばないといけないんだ。」


「そうですよね…。難しそうです。」


「今回は花は俺が用意したから、お前…。すみれは好きなデザインで箱に詰めてみろ。」


「わかりました!」


名前で呼ばれるのは聞き慣れなかったが、なんだか嬉しかった。


「ボックスの底にオアシスを入れて、そこに花を挿していくんだが、オアシスを入れる前に、花だけをボックスに入れて、大体のデザインを決めておくんだ。これが、ボックスアレンジを失敗なく作るコツだな。だからまずは、俺が用意した花から、好きな花を選んでデザインを決めてくれ。」


私は作業台に並べられたプリザーブドフラワーの中から好みの花を選び始めた。


「ボックスはこれな。」


葵さんは黒の正方形の箱を2つ作業台に並べた。葵さんも隣で同じ物を作るようで、一緒に花を選び始めた。


「すみれ、そんなにローズ使ったら予算オーバーだ。この箱のサイズならローズは12個くらいまでにしてくれ。」


「あっ。すみません。楽しくてつい選びすぎてしまいました、」


私は並べすぎたローズを箱に戻し、代わりにリーフやアジサイをボックスに入れた。


「プリザーブドフラワー好きなんだな。」


葵さんがポツリと言った。


「はい。作っている時は花に夢中になって時間を忘れてしまいます。プリザーブドフラワーに出会えて本当に良かったと思ってます。」


「そうか、じゃあ、俺もすみれも兄貴に感謝しないとだな。」


「え?」


昨日、葵さんに言われた言葉をふと思い出し、思わず顔が熱くなる。私は葵さんから目をそらすと、ボックスに花を入れることに集中した。葵さんはそんな私の様子を見て、笑うのを堪えているようだった。しばらく、作業に没頭していると、ボックスは花でいっぱいになってきた。


「ボックスアレンジはアジサイやリボンなどをローズの間に隙間なく詰めると華やかで綺麗に見えるからな。もう少し詰めてみろ。」


葵さんが私のボックスを覗き込みながら言った。


「もっとですか?」


私はしばらく試行錯誤しながらデザインを考えた。葵さんのボックスをチラリとみると、すでにボックスにはオアシスが入れられ、ローズを挿し始めていた。


「早いですね…。しかも色合いの系統が揃っててすごく綺麗。」


葵さんのボックスは、緑色を基調としたナチュラルなデザインだった。


「すみれもカラフルで良いんじゃないか?購入するお客さんも年齢層がバラバラだから、いろんなデザインがあったほうがいいと思うぞ。」


「そうですか?じゃあ私はこのデザインで作ってみます。」


ボックスのサイズに合わせてオアシスをカットすると、底にボンドを塗って固定した。そして選んだローズやアジサイにワイヤリングを施し始めた。私たちはしばらく無言で作業に取り掛かった。葵さんは私のワイヤリングを見ると眉間にシワを寄せた。


「ワイヤリングが長すぎるな。ボックスの長さに合わせてワイヤリングしないと、後からカットしたら無駄遣いだろ。」


「すみません。次から短くします。」


特に何も考えずにブーケを作る時のように長めのワイヤリングをしてしまっていた。


「いつもは俺がワイヤーを準備しているけど、花の大きさや種類によってワイヤーを使い分けることも覚えておけよ。ローズのワイヤリングは24番のワイヤー、リーフやアジサイのワイヤーは26番のワイヤーだからな。」


「は、はい。」


私はポケットからメモを取り出すと番号を書き込んだ。いつも葵さんに頼ってワイヤーは出してもらったものを使っていた。ワイヤリングを済ませ、全ての花にテーピングすると、いよいよオアシスにに挿す段階になった。葵さんは作業が終わってしまったのか、2階へ行ってしまったようだった。完成したボックスアレンジだけが、作業台に残されていた。


「すみれちゃん。ボックスアレンジ作ってるのね。」


急に背後から大和さんに声を掛けられた。

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