第27話

「おはようございます。すみません!またギリギリになってしまいました!」


私はバタバタと店に駆け込む。


「遅い!」


葵さんがいつもの表情で私を睨みつける。


「す、すみません。早く家を出ているのですが、どうしても、思っていた時間に店に辿り着けないんです。なんでだろう…。」


「なんでだろうって…。本当にすみれは鈍いやつだな。」


葵さんは呆れた顔をして私を見る。


「鈍いって?どういうことですか?」


私は訳がわからずキョトンとする。


「そろそろ教えてあげたらどうなの?まだすみれちゃんこの店のカラクリに気がついてないんでしょ?」


葵さんの隣に立っていた大和さんがクスクス笑う。


「カラクリ?」


私はますます訳がわからず、首を傾げる。


「大和余計なこと言うなよ。すみれが気がつくまで黙ってようと思ってたのに。」


「え?何ですか?教えてくださいよ。私の遅刻とどう関係があるんですか?」


私は葵さんに詰め寄る。


「しょうがねーな。」


「勿体ぶらずに教えてくださいよ。」


私は葵さんの腕を掴んでゆさゆさと揺らした。


「この店はな、少しずつ移動してるんだよ。」


葵さんは私の腕を振り払いながら、面倒くさそうに言った。


「え?移動?」


私は驚いてカバンを落としてしまう。カバンから荷物飛び出し、床に散乱する。


「ったく、オーバーな奴だな。」


葵さんはしゃがみ込んで私の荷物を拾い上げる。


「移動って…。この店が動いてるってことですか?」


私も慌てて自分の荷物を拾い集める。


「そうだよ。店は少し地面から浮いていて、車輪が付いてるんだ。夜中に少しずつ移動させているのさ。よく見るとの下に車輪が付いてるから後で、見てこいよ。茂みに隠れて、見えないかもしれないけどな。」


葵さんはニヤリと笑った。


「だから、思っていた時間にいつも着けなかったのね…。ってなんで移動してるんですか?」


「俺たちは同じところに留まらずに、色々な土地で、俺たちを必要としてくれる人たちの力になりたいんだ。親父の代からずっとそうしてきたんだよ。」


柊さんが店から顔を出して穏やかに微笑んだ。


「なんかスケールが大きいですね。」


私はこの店の持つ不思議な力に圧倒され、椅子にストンと腰掛けてしまった。


「ゆっくりしてる暇はないぞ、今日は市場から花が届く日だ。みんなで水揚げ作業するぞ。」


葵さんの言葉に私は立ち上がり、急いでエプロンを身につける。花が届く前にやらなければいけないことは山ほどあった。店内の掃除をしていると、葵さんが店内に置いてある鉢植えを外へ運び出した。


「あ、あの。葵さん。」


私も植木鉢を持ち、外にいる葵さんに声を掛ける。


「なんだ?どうかしたか?」


「昨日、聖さんと話していたんですけど、来月のクリスマス、みんなでパーティーしませんか?」


「パーティー?」


葵さんは怪訝そうな顔をする。


「聖さんが、スペシャルなクリスマスケーキを用意しておくって言ってました!」


私は慌てて、葵さんが喜びそうな情報を付け足した。


「本当か?いいな。パーティーやるぞ。」


聖さんの思惑通り、葵さんはスペシャルなクリスマスケーキに興味を持ったようだった。


「それに、すみれとクリスマス過ごせるなら、楽しくなりそうだしな。」


「え?」


葵さんはクスリと笑うと、私のおでこをコツンと弾き、店の中へ戻って行った。市場から来たトラックが到着した音が聞こえてきた。私は慌てて店の中へ戻ると、葵さんや、柊さん達の姿が見当たらなかった。すでに裏口から荷物を受け取りに行ったようだった。私も外へ出ると、葵さん達はトラックの荷台に乗り込み、ダンボールを下に降ろす作業をしていた。


「下にダンボールを積んで置くから、小さめのダンボールから運んでくれ。大きいのは後で俺が運ぶから。」


「はい。」


私は、小さめのダンボールを見つけると、裏口から作業場へ運び入れる。柊さんや、大和さんも手早くダンボールを運び入れ、すぐに水揚げ作業に取りかかり始めた。大和さんをチラリと見ると、慣れた手つきで次々と花の茎を切り、筒のバケツに花を入れていく。よく見ていると、自分の筒以外にも、隣で作業している柊さんの分まで筒に水を入れているようだった。柊さんは大和さんの隣で同じように水揚げ作業をしていたが、大和さんが作業台から離れている間に、大和さんが作業スペースに置いてある空のダンボールをサッと片付けたりと、お互いをフォローし合いながら作業をしていた。


「阿吽の呼吸というやつだな。」


「え?」


葵さんが私の後ろで、ボソリと呟いた。


「昔から、2人はこんな感じなんだ。何も言わなくても、相手が求めていることが自然と分かるみたいだ。」


「へぇ…。さすがですね。」


嫉妬を通り越して尊敬の眼差しで、息がぴったりな2人の作業を見つめていた。すると、頭の上でゴツンと衝撃を受けた。


「イタッ!」


葵さんが私の頭にゲンコツを落とした音だった。


「見惚れてないで、お前も水揚げ作業しろ。」


「はいっ!すみませんでした!」


私は慌てて水揚げ作業に加わった。私は前回と同じくらいの量しか水揚げ作業をこなすことができなかったが、大和さんが1人加わっただけで、ずいぶん早く終わらせることができた。


「少し時間が余ったな。上でプリザーブドフラワーのレッスン少しやるか?」


葵さんが2階へ上がりながら、私に声を掛ける。


「はい!ぜひお願いします!」


私は葵さんに続いて2階へ駆け上がった。



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