第21話

葵さんが2階から降りてきた。


「よし。行くか。」


心なしか、葵さんは少し疲れた顔をしているような気がした。


「お疲れなら、私が分かる物なら買ってきましょうか?」


「いや。俺も行きたいからいいんだ。」


葵さんはそう言うと、裏口から外に出て、スタスタと1人で歩いて行ってしまった。柊さんと歩く時とは違って、自分のペースでどんどん先へと歩いて行ってしまい、私は小走りで葵さんの後を追いかけた。


「あ、葵さん待ってください!」


私は息を切らしながら、葵さんに声を掛ける。そうでもしないと、見失ってしまいそうだった。


「お、悪い、悪い。」


葵さんは、私が息を切らしているのに気がつくと、足取りを緩め、ゆっくりと歩き出した。


「今日はどこにお買い物に行くんですか?」


息を整えながら葵さんを見上げる。


「それは、着いたら分かる。」


「教えてくれたって良いじゃないですか。そんなに疲れた顔してるのに、行きたいところってどこなんですか?」


そっけなく答える葵さんの態度にムキなって言い返した。


「すぐ着くから。それにお前にも買ってやるから。」


葵さん面倒臭そうに私をチラリと一瞥した。


「え?私にも?」


物に釣られて、私はたちまち機嫌を直す。


「ほら着いたぞ。」


葵さんは急に立ち止まった。


「え?ここ?」


葵さんにぶつかりそうになりながら、立ち止まると、目の前は最近オープンしたばかりのカップケーキの店だった。店の中に入りきれなかった人が、店の前で長い列を作っていた。


「ほらお前並んでこいよ。入り口に近くなったら俺も行くから。」


葵さんは顎で列を指し示す。


「え?葵さんは並ばないんですか?」


「こんな女ばっかのとこに並べるわけないだろ。」


葵さんが恥ずかしそうそっぽを向いて言った。たしかに、並ぶ人だかりはほとんどが女性で、男性の姿はまばらだった。疲れているのに、恥ずかしい思いまでして、カップケーキ屋に来たかった葵さんがなんだか可愛く感じてきた。


「しょうがないですね。並んで来ますよ。」


私はしぶしぶ列に並ぶことにした。列は割と長く、店に入るまでに15分以上かかりそうだった。携帯をいじりながら時間を潰そうとカバンの中を探っていると、前に並ぶ女性客の会話が聞こえてきた。


「ちょっとあの人見て。かっこよくない?」


「本当だ。モデルかな?」


前に並ぶ女性客は興奮した様子だった。そんな女性達が熱い視線を送る先を見ると、店の近くのベンチに、葵さんが座っていた。黙って座っている葵さんは、いつものように眉間にはシワは寄っていなかった。はたから見たらモデル並みのルックスは目を惹くに違いなかった。葵さんは私の視線に気がつくと立ち上がって、こちらに歩いてきた。


「だいぶ列進んだな。」


前に並ぶ女性たちは、私が彼女だと思ったのか、残念そうな顔をしているのが見えた。


「は、はい。もうすぐお店に入れると思います。」


しばらく待つと、やっとお店の前に辿り着いた。


「あっ。お店に入れますね。」


やっと私たちの順番になり、店内に入ることができた。


「わぁ。可愛い!」


ショーケースに並ぶカップケーキを見て思わず感嘆の声を上げる。カップケーキの上には、カラフルな生クリームで立体的な花が装飾されていた。


「だろ?お前も気に入ると思ったんだ。」


葵さんはショーケースを見て満足そうに言った。キラキラと目を輝かせる姿はまるで少年のようだった。


「決まったか?」


「え、えっと…。」


葵さんに思わず目を奪われていた私は、急いでショーケースを見渡し、どのカップケーキを買うか選び始めた。どれも美味しそうで、なかなか決められなかった。葵さんはそんな私にしびれを切らしたのか、次々と勝手にカップケーキを注文してしまった。


「こんなに買ってもらって良かったんですか?」


手提げの中を覗き込んだ。カップケーキがたくさん入った箱が2箱も入っていた。箱からは、カップケーキの甘い香りがフワッと匂ってきた。


「いつもアルブルのケーキもらってるからな。お兄さん達にたまにはお礼しないとな。」


葵さんの手提げにも、カップケーキが入った箱が2箱も入っていた。もちろんそれは、葵さんが食べる分だ。


「ありがとうございます。兄喜ぶと思います。葵さんお疲れなのに、こんな可愛いカップケーキ屋さんに来たいなんて、さすがスイーツマニアですね。」


「うるさいな。それより、お前こそ今日は元気ないんじゃないか?」


葵さんが珍しく心配そうな顔をして私の方を見ていた。


「えっと…。何でもないです。」


昨日の光景を思い出すと、涙が出て来てしまいそうだった。俯いて涙を流さまいと唇をギュッと噛み締めた。


「その顔は何でもない顔じゃないだろ。どうしたんだよ?」


葵さんは立ち止まると、私の頭に手を置き、無理矢理、顔を覗き込んできた。頭に葵さんの温もりを感じた途端、堪えていた涙が溢れ出した。


「ったく。泣くなよ。」


葵さんは人目もはばからず、私を優しく引き寄せた。広い葵さんの胸の中は温かくて、ますます涙が溢れ出した。


「どうしたんだよ。言ってみろよ。」


いつもとは違う優しい葵さんの声を聞くと話してしまってもいいような気がした。


「私、昨日、柊さんと大和さんが抱き合ってるのを見てしまって…。」


葵さんは大きなため息を吐いた。


「そんなに泣くほど兄貴のことが好きだったのかよ。」


「え?葵さん私の気持ちに気がついていたんですか?」


私は驚いて葵さんの顔を見上げる。葵さんは私の涙を手で拭うと、バカにしたように鼻で笑った。


「そりゃあ、好きなやつ見てればわかるさ。」


「え?」


驚きのあまり涙が引っ込んでしまった。


「い、今何て言ったんですか?」


「何回も言わねーよ。ほら送って行くから。」


さっと葵さんは私から離れると、スタスタと歩いて行ってしまった。私は、訳がわからず、慌てて葵さんの後を追った。

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