第20話
「いらっしゃいませ。」
柊さんと私は笑顔でお客様を迎え入れる。男性は不思議そうに店を見渡していた。この男性もいつのまにかこの店に迷い込んできたのかもしれない。男性は、プリザーブドフラワーのアレンジが並ぶ棚を熱心に見始めた。
「何かお探しですか?」
柊さんが穏やかな口調で男性に話しかける。
「お見舞いに花を持っていきたいんです。でも、病院の規則で生花は置いてはいけないみたいで…。」
男性はショーケースに並ぶ花を見て残念そうに言った。
「左様でございますか。こちらはプリザーブドフラワーという花で、生花のような質感ですが、水やりも必要なく、長期間楽しめる仕様になっています。」
柊さんはプリザーブドフラワーのアレンジメントを棚から持ち上げて男性に見せる。
「へぇ。これなら病院も大丈夫かもしれないな。お袋は花が好きだから、枕元に置いてやると喜ぶと思って。」
男性は嬉しそうにアレンジメントを眺める。
「こちらはいかがでしょうか?」
柊さんはクリアケースに入ったプリザーブドフラワーのアレンジメントを勧める。ケースの中には、小さなカゴに和風のテイストでプリザーブドフラワーがアレンジされていた。
「こちらは、クリアケースから出して頂いても、ケースのまま飾って頂いても大丈夫です。ケースのままですと、ホコリや水分の影響を受けず、さらに長期間楽しめると思います。」
「なるほど。いいかもしれない。じゃあ、これをお願いします。」
男性は嬉しそうに柊さんからアレンジメントを受け取る。
「あと、表の看板で花占いやってるって見たのですが…。」
男性は少し恥ずかしそうに小さな声で言った。
「占いですね。無料でやってますので、良かったら何か占いましょうか?」
「お願いします。じゃあ、家族とのことを占ってもらってもいいですか?」
「かしこまりました。では、ご家族のこと強く思いながらこちらのカードから3枚選んで下さい。」
柊さんはいつものアンティーク調のカードを裏返して、男性に差し出す。男性は3枚選ぶと柊さんに手渡した。柊さんは伏せたままカードをテーブルに並べると、最初の1枚を静かにめくった。
「これは…。ピンクのホウセンカ。触らないでほしい、もしくは怒ってるという気持ちを表しています。もしかして、そういった人が近くにいますか?」
「参ったな。そんなこと分かっちゃうのか。高校生の娘が思春期なのか、私と口を聞いてくれないんです。」
男性は困った顔をしてに頭に手をやりながら笑った。
「そうだったんですね…。2枚目は、黄色の百合。偽りを意味します。もしかして、娘さんに何か隠し事をしているんじゃないですか?」
男性はハッと目を見開く。
「そうか…。だから娘は口を聞いてくれないのか…。実は母が入院していることを、娘には内緒にしているです。おばあちゃんっ子でしたから、母が受験を控えてる娘には内緒にしてほしいって言うので…。」
「そうだったんですね。娘さんは誤解しているのか、もしかしたら、あなたの嘘に気がついているのかもしれませんね…。そして、最後のカードはコスモスの赤。これは、愛情や調和を表しています。大丈夫ですよ。きっと娘さんとちゃんと話せる時が来ますよ。」
柊さんは穏やかに男性に微笑みかける。
「そうか…。ありがとう。なんだか気持ちが楽になったよ。」
男性は、柊さんの占いの結果を聞いて安心したように言った。会計を済ませると、男性は笑顔で店を出て行った。
「娘さんと仲直りできるといいけど…。」
柊さんは男性の背中を見送りながら言った。
「そうですね。きっと大丈夫ですよ。またお見舞いのお花を買いに来てくれるかもし、その時どうだったかお話してくれるかもしれませんよね。」
「うーん。それは、どうかなぁ。またこの店にたどりつけるかが疑問だな。」
「え?ネットで地図調べたら分かるんじゃないですか?」
「実は、ネットでは住所は非公開なんだ。」
柊さんはわざと囁くような声で言った。
「そうなんですか?じゃあ、また来たい人はどうするんですか?」
「どうしてるんだろうね。リピート客は、だいたい電話かネット注文なんだ。」
柊さんにとっては、住所はさほど重要なことではないようだった。
「でも、道覚えたらまた来れますよね?」
「まぁね。でもそれがなかなか難しいんだよ。」
柊さんは意味ありげに笑う。
「そいえば、話変わるけど、ミニブーケ作ってる時は、割と、ゆっくり好きな花が選べるけど、お客さんの前では、すばやく好みに合ったお花を選んで予算内にブーケを作らないといけないから、お花の名前や値段が頭に入っていると良いかもしれないね。」
なんだかうまくはぐらかされてしまったような気がした。
「そうですよね。私全然お花の名前とか知らないので、ショーケース見てお花もっと覚えようと思います。」
私は早速ポケットからメモ用紙とボールペンを取り出す。
「ふふ。そうだね。水揚げ作業してる時もたくさんお花を手に取る機会があるから、その時も覚えるチャンスかもね。ダンボールに入ってるお花ってフィルムで包んであるでしょ?そこに花の名前が書いたシールが貼ってあるんだよ。」
「そうなんですか。昨日はそんな余裕なくて気がつきませんでした。水揚げ作業は金曜日だけですか?」
「うちは月曜日、水曜日、金曜日が市場からお花が届くよ。」
「週に3回もあるんですね!」
私は忘れないように、メモに書き込む。ショーケースの前で花を観察したり、ミニブーケを作ったりしていると、あっという間に時間が過ぎて行った。
「今日はお客さん少ないし、そろそろ片付け始めようか。」
柊さんは店の表へ出ると、鉢植えを店内にしまい始めた。
「今日は葵さん下に降りてきませんでしたね。」
私も鉢植えを運びながら2階を見上げる。
「そうだね。ウェディングブーケの納品がもうすぐだから、それを作っているのかもね。」
今朝、葵さんが真っ白なローズでブーケを作っていたことを思い出す。
「よし。片付いたからもう上がってもいいよ。今日は葵の買い物に付き合うんでしょ?」
「あっ。そういえばそうでした。」
「俺は少し店でやることがあるから、すみれちゃんはしっかり葵の買い物に付き合ってあげて。葵呼んでくるよ。」
柊さんは足早で2階へ上がって行った。
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