第19話
「柊さんすみません。」
下へ降りていくと、柊さんと開店の準備をする聖さんの姿があった。
「聖さん?」
「すみれちゃん。おはよう。プリザーブドフラワーを仕入れに来たら、柊さんが1人で準備してたからさ。」
汗を拭いながら聖さんが微笑む。
「手伝って頂いて、すみません。」
「謝ることないさ。たまにピンチヒッターで手伝いにくることがあるから、慣れてるから。」
「そうなんですか?」
「そうそう。たまに聖が手伝いに来てくれることがあって、本当に助かるよ。女性のお客さんも聖がいると喜んでくれるし。」
柊さんは手際よく作業する聖さんを見て満足そうに笑う。
「じゃあ、もう開店の時間だし、すみれちゃんも来たから、僕帰ります。」
「うん。ありがとね。」
聖さんは、いつものように爽やかに微笑むと店を出て行った。
「今日はプリザーブドフラワーどんなアレンジを作ったの?」
私は柊さんと目を合わせないように下を向く。
「今日はミニブーケを作りました。まだ完成してなくて、また今度続きをやるんですけど。」
「そうなんだ。じゃあ、生花でもミニブーケ作ってみる?」
「え?本当ですか?作ってみたいです!」
生花のブーケを作れるなんて嬉しくて、思わず顔を上げる。
「やっとこっち見てくれた。」
「え?」
「なんか、避けられてるみたいだったから。」
柊さんは困ったように笑った。
「す、すみません。そんなつもりなかったんです。」
「大丈夫だよ。じゃあ、ショーケースから好きなお花いくつか選んでくれる?」
柊さんはいつものように穏やかに笑うとショーケースの前に歩いて行った。
「好きなお花どれでも大丈夫なんですか?」
色とりどりの花が並ぶショーケース覗きながら柊さんに質問する。
「そうだね。でも500円くらいのミニブーケにしたいから、値段がそれぐらいに収まるようにお花選んでもらえるかな?」
私は値段のプレートを確認しながら、ショーケースの中から花を選び始めた。
「トルコキキョウって一本こんなに高いんですね。これを使ったらブーケは作れないですね。」
「そうだね。500円だと意外と使えるお花って限られてくるよね。でも、トルコキキョウみたいに一本に何本もお花がついてる花なら、何個かにわけてミニブーケができるから、分割した値段で考えても大丈夫だよ。」
「なるほど…。じゃあトルコキキョウとかすみ草と、すずらんのミニブーケはどうでしょうか?」
「うん。全部分割してミニブーケがいくつかできるから良いんじゃないかな。じゃあ、短くカットしようか。」
柊さんがハサミを渡してくれた。
「ありがとうございます。このぐらいの長さでカットして大丈夫ですか?」
茎の3分の1くらいの部分を指差す。
「ミニブーケだからそれぐらいかな。切ったら、プリザーブドフラワーと同じように花の顔の向きに注意して束ねてみて。」
茎を短くカットすると。花の向きを考えながら、束にしていく。プリザーブドフラワーとは違って生花は柔らかく、位置がうまく定まらず、バランスがなかなか取れなかった。
「先に中心となる花を決めて、その周りに他のお花を添えると作りやすいかも。高低差をつけるのを忘れないでね。」
柊さんのアドバイス通り、トルコキキョウを中心に他の花を添えてみる。
「うん。そうだね。だいぶ良くなったよ。」
柊さんも同じ花でミニブーケを作っていたが、出来上がりは、やはり柊さんの方が見栄えが良かった。
「あとは、この包装紙で包み込めば完成だよ。」
柊さんが英字の書かれたお洒落な包装紙をレジの横の作業台に広げて、クルクルとブーケを包み込んだ。私も見よう見まねでやってみるが、キツく巻けてしまったり、緩く巻けてしまったり、なかなかうまくいかなかった。
「プリザーブドフラワーとは違って生のお花だから、あんまり触らずに素早く作ってね。こうやるとうまくできるよ。」
柊さんは私からブーケを受け取ると、ゆっくりと包装紙をブーケに巻きつけた。
「最初は確実に1回でできるように、ゆっくりやってみてね。」
「ありがとうございます。生花でブーケを作れるなんて夢見たいです。」
自分が作ったブーケを手に持つと嬉しさがこみ上げてきた。
「ふふ。今度は大きなブーケ作ってみようね。」
柊さんはピンクのカップに水を注ぐと、そこにブーケを入れて、ショーケースに並べた。
「そういえば、今朝、聖が納品と一緒に新作のスイーツを持ってきてくれたんだ。後でみんなで食べよっか。」
柊さんは振り向いて嬉しそうに笑った。
「そうなんですか?楽しみです。」
気がつけば、柊さんといつも通り話せていた自分に少し安心した。
「聖のやつ、今まで納品に来たことなんかなかったのに、スイーツまで持って来ちゃってどうしたんだろう。」
柊さんは不思議そうに首を傾げる。
「そうなんですか?」
「あっ!もしかして、すみれちゃんが働きだしたから、わざわざすみれちゃんに会いに来てるのかも。」
柊さんはポンっと手を叩いて言った。
「え?」
「聖、すみれちゃんと同じ歳だし、すみれちゃんのこと気になってるのかもね。」
柊さんは私を見て悪戯っぽく笑う。
「そ、そんなはずないですから。」
柊さんには大和さんがいるのだから、当たり前のことだが、私のことは何とも思っていないことが、ひしひしと伝わり、胸がズキズキと痛みを感じた。
カランカラン
店のドアが開き、1人の男性が店に入ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます