第18話
「柊…会いたかったわ。」
「大和。俺もだよ。会えて嬉しい…。」
柊さんに大和と呼ばれた女性は、柊さんの胸に顔を埋めて泣いているようだった。私は2人に気がつかれないように、店の裏にある作業台にハサミを置くと、そっと裏口から店を出た。頭が真っ白になって何も考えられなかったが、2人の抱き合う姿はしっかりと脳裏に焼き付けられていた。知らないうちに、家の前まで歩いてきていた。家に入ってからも、兄に何か声を掛けられたような気がしたが、全く耳に入って来なかった。私は、ベッドに倒れこむが、目を瞑ると2人の抱き合う姿をすぐに思い出してしまい、目を閉じることが出来なかった。結局、一睡も出来ずに朝を迎えてしまった。
****
「おはようございます。遅くなりました!」
「すみれちゃん。おはよう。」
慌てて裏口から店に入ると、柊さんがいつもの穏やかな笑顔で迎えてくれた。私は昨日の光景を思い出し、さっと視線を外す。
「遅い!8時30分ギリギリじゃないか。」
葵さんがいつもに増して不機嫌そうな顔をして作業場に顔を覗かせる。
「す、すみません。なんかお店がいつもに増して森に紛れ込んでいて…。」
「変な言い訳するな。俺を待たせるとは、いい度胸してるな。今日は、開店前に少しレッスンやるって昨日、言ったろ?お前も一緒に働くことになったんだから、木曜日までレッスンしてたら休みがなくなるからな。」
「すすすみません。」
さらに険しい表情になった葵さんは私をを睨みつける。
「罰として、仕事が終わったら俺の買い物に付き合え。」
「え?いいですけど…。」
「ふん。じゃあ、さっそくレッスンを始めるぞ。時間ないんだからな。今日はミニブーケを作るからな。」
葵さんはブスッとしたまま2階へ上がって行った。
「ミニブーケ?いよいよブーケですね!」
プリザーブドフラワーのことを考えると、暗く沈み込んだ心が少し明るくなった。
「今日はカーネーションを3つ、ローズのSを3つ、あとは好きな花を3つ、それから、アジサイの色を選んでくれ。」
「わかりました」
私はいくつか箱を手に取り吟味し始めた。
「カーネーションはこの濃いピンク、ローズは薄いピンク、あとはこの丸くて可愛い花でお願いします。」
「この丸い花はマム、キクなんだ。これの白だな。あとは、アジサイだな。」
「えーっと。アジサイはこの薄紫色にしてみます。」
「よしこれだな。じゃあ、このマムのワイヤリングの方法を教える。インソーションのように茎の下からワイヤーを挿し、上まで貫通させ、ペンチを使って先端を曲げてフックにし、フックが引っかかるところまでゆっくりワイヤーを下に引っ張るんだ。上から見てワイヤーが目立たなければ、オッケーだ。あとはいつも通りテーピングな。」
葵さんに言われた通りにマムの茎にワイヤーをゆっくりと下から通す。小さくて力を入れるとすぐに壊れてしまいそうだった。
「こんな感じでしょうか?」
葵さんにワイヤリングしたキクを見せる。
「そうだな。あとはローズとアジサイはいつも通り、カーネーションは先週やったようにワイヤリングしてみろ。」
「わかりました。」
私は黙々と作業に打ち込んだ。葵さんははいつも通り向かいの席に座り、別の作業を始めた。ワイヤリングしてある真っ白なローズにテーピングを施し始めた。
「葵さんは何作ってるんですか?」
「これはオーダーがあった結婚式に使うブーケだ。」
「結婚式かぁ。いいなぁ。生花だけじゃなくて、プリザーブドフラワーのブーケも結婚式で使われるんですね。」
「そうだな。生花は生の花の美しさがあってそちらを好む人もいるし、プリザーブドフラワーは式に使ったブーケをそのまま思い出としてとっておけるから、プリザーブドフラワーにする人もいるしな。」
「そうなんですね。素敵…。」
結婚式と聞いて、ウェディングドレスを着て、真っ白なローズのブーケを持つ自分を想像する。隣にいるのは…。ふと柊さんの顔が思い浮かぶが、首をふってすぐにかき消す。
「最近は、母親や友人が、新婦にプリザーブドフラワーのブーケ作ってプレゼントするケースも多いな。って聞いてるか?」
葵さんの声にハッと我にかえる。
「お前手が止まってるぞ。」
葵さんが眉間にシワを寄せてこちらを睨む。
「は、はい!すみません。」
私は慌ててローズのワイヤリングの続きをやり始める。しばらく、私たちは無言で作業に没頭した。
「全部ワイヤリングできました!」
「よし、次はブーケを作っていく。主となる花を軸にブーケを作っていくんだ。今回は1番大きなカーネーションを主としてブーケを作っていく。」
葵さんは私がワイヤリングしたカーネーションを手に持つ。
「今回は花の高低差を出したブーケを作るから、まず、3つのカーネーションを高低差をつけて束ねる。そして、アジサイを少しと、同じく高低差をつけたMサイズのローズを隣に束ね、周りにアジサイや、マムを束ねればブーケの完成だ。やってみろ。」
葵さんは手に持った花をバラバラに崩して、私に返す。見よう見真似でカーネーションを3つ束ね、隣にアジサイ、ローズ、周りにマムを束ねてみる。高低差を出したはずなのに、いざ束ねてみると、ほとんど高さが同じ位になってしまった。
「葵さんが簡単そうに束ねてるから、できるかと思ったら、全然ダメです。」
まるで高低差のないブーケを葵さんに見せる。
「最初は慣れるまで時間がかかるかもしれないな。プリザーブドフラワーのブーケは時間がかけられるが、生花の場合は鮮度が落ちるからあんまりコテコテ触って時間はかけられないぞ。」
「そっかぁ。難しいですね…。生花のブーケも作ってみたいと思ってましたけど、まだまだ先のことになりそうですね…。」
束ねた花をバラバラにし、今度は高低差が出るようにカーネーションを束ね直す。周りにマムを束ねているうちに指が痛くなってきてしまい、うまく掴んでることが出来ず、せっかく束ねた花がバラバラと崩れてきてしまった。
「苦戦してるな。最初のうちは、うまく束ねれたところで、1度フローラルテープで固定してもいいぞ。本当は本数も少ないし、1度に束ねたいところだか、最初は仕方がないな。」
葵さんのアドバイス通り、カーネーションに高低差をつけ、隣にアジサイとローズを束ねると、テープをクルクルと巻いて固定した。
「これならずれずにマムやアジサイを束ねることができそうです。」
「そうだな。花の本数が多い時は俺も途中でテープで束ねたりするんだが、これぐらいの本数だっなら、慣れたら1度で束ねられるようになるといいな。」
なんとかマムとアジサイを周りに束ねブーケが完成した。
「まぁそれとなく形になったな。ここのローズの顔の向きが変だな。」
葵さんはカーネーションの隣のローズの向きを直す。
「じゃあ、今回はブーケの持ち手リボンを巻くから、持ち手を1束にして、テーピングしてくれ。」
「わかりました。」
ワイヤリングの後に施すように、茎全体にテーピングするが、なぜかくっつかず、スルスルと剥がれてきてしまった。
「テープを少し伸ばし気味でやってみろ。そうすると粘着力があがるから。」
次は、テープを少し伸ばし気味でテーピングすると、葵さんの言う通りうまく巻きついていった。
「じゃあリボンをステムに巻いていく作業だが、もう仕事に入らないといけないから、今日はここまでだな。下に行って、兄貴の手伝いを頼む。」
「はい。ありがとうごさいました。」
柊さんと顔を合わせるのは、気不味かったが、私は急いで1階へ降りて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます