第22話
「おはようございます。」
今日も余裕を見て家を出てきたはずだったのに、なぜか店に着いたのは、ギリギリの時間だった。
「おはよう。すみれちゃん。」
柊さんがいつもの穏やかな表情で出迎えてくれた。その隣には、大和さんが立っていた。まるで陶器のような真っ白な肌に、大きな瞳、すっと通った鼻筋は女性の私でも見惚れてしまうくらい、完璧な顔立ちだった。2人で仲良く寄り添う姿はとてもお似合いだった。
「前に話してた大和だよ。一昨日、急に帰国してきたんだ。」
「ふふ。柊の話通り、可愛らしい方ね。しばらくの間、私もお手伝いするからよろしくね。」
大和さん見た目通り、話し方も上品で女性らしかった。
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします。」
私は俯いたまま大和さんに挨拶すると、葵さんの待つ2階へ上がって行った。
「遅い!」
葵さんがいつもように眉間にシワを寄せて私を睨みつける。
「すみません…。」
「大丈夫か?」
「え?」
もっと怒られると思ったのに、逆に優しく声を掛けられ、拍子抜けしてしまった。
「大和が下にいただろう。」
葵さんの言葉にハッとし、思わず葵さんを見つめた。
「はい…。でも大丈夫です。」
「じゃあ、レッスン始めるか。」
葵さんは昨日私が作ったプリザーブドフラワーのブーケをテーブルの上に置いた。
「リボンの巻き上げからだったな。そういえば、リボンの色選んでなかったな。」
葵さんは部屋の片隅にある戸棚を開けた。そこにはたくさんのリボンが置かれていた。
「すごい!可愛いリボンがたくさんある!」
あまりの可愛さに棚に近寄って覗き込む。
「好きなリボン選べよ。でも中には高価なリボンもあるから、あんまり高いのはレッスンで使うなよ。」
「わかりました。えっと…。」
私は迷いながらも、アジサイの紫色よりも少し薄めの紫色のリボンにした。
「いいんじゃないか。じゃあ、俺はこのウエディングブーケのステムで見本を見せるから、お前は見ながら、自分のブーケを作りのステムにリボンを巻いてみろ。」
葵さんは真っ白なローズであしらわれたウエディングブーケを持ち上げる。
「は、はい。あのステムって?」
「ステムはブーケの持ち手部分のことな。じゃあ、まずリボンを机に対して垂直に表が下になるように置く。」
葵さんは丁寧に机の上にリボンを置くと、そっとブーケをその上に置いた。
「そしてリボンの上3センチ程残した部分にブーケを置く、そして残った下のリボンをステムにそって折り曲げ、右側に三角に折り返す。ここから後ろにリボンをステムに巻きつけていくんだ。ずれないように、同じ間隔で、きつく巻きつけるんだ。」
葵さんの手元を見ながら同じように巻いていくが、リボンがステムからずれてしまい、なかなか思うように巻かなかった。
「最初は難しいかもな。リボンの上の部分に両面テープ貼ってやってみるか。」
葵さんはリボンに両面テープを貼ると、ブーケを置き直した。両目テープでブーケに固定したリボンはずれにくく、さっきよりも断然巻きやすくなった。なんとか根元まで解けずに巻くことが出来た。
「よし。根元までいったら、最後を緩めに巻いて、下からリボンをくぐらせて、締め上げれば、巻き上げはオッケーだ。」
固結びの要領でリボンをステムにきつく結びつけた。
「次は、飾りリボンをステムの根元につける。色々な飾りリボンの種類があるが、今回はダブルループの作り方を説明する。まず、中心となる部分を作る。」
葵さんは、白いリボンを手にとると、小さな輪を作り、親指で押さえた。
「そして、押さえた部分を半回転ねじり、右に中心の輪より大きな輪を作り、親指で押さえる。そして、左に出ているリボンを半回転ねじり、右の輪と同じ大きさの輪を作る。この作業をもう一度繰り返して、左右にループをもう1つ加え、中心部分をワイヤーでとめれば完成だ。」
葵さんの手元を見ながら同じように作るが、途中で解けてしまったり、輪の大きさが不揃いになったりして、なかなかうまくできなかった。
「まぁ、これは練習あるのみだな。店の暇なの時に練習だな。」
少し不揃いだったが、なんとかダブルループのリボンが完成した。
「じゃあこれを、中心部分を固定したワイヤーで、ステムに固定し、残りのリボンでワイヤーが見えないように、根元に結びつければ完成だな。」
「やった!ブーケできました。」
はじめのブーケが完成したことが嬉しくて思わず笑顔になる。
「やっと笑ったな。」
葵さんが安心したように微笑む。
「え?」
こんなに優しい葵さんの笑顔を見たのは初めてだった。胸がトクンと音を立てた。
「ほら、ブーケ見せてみろよ。」
差し出された葵さんの手にブーケを手渡そうとすると、指先が葵さんの手に触れてしまった。
「ひゃっ!」
驚いて思わず手を引っ込めてしまう。その弾みでブーケが床に落ちてしまった。
「なんだよ。バケモノに触ったみたいに驚きやがって。」
葵さんがしゃがんでブーケを拾い上げる。
「す、すみません。」
葵さんの手に触れた途端、温もりとともに、昨夜、葵さん言われた言葉を思い出してしまった。みるみるうちに顔が赤くなっていくのを感じた。
葵さんは何事もなかったかのように、ブーケをくるくると回して、花の位置やリボンに少し手を加えていた。
「まぁ。初めてのブーケにしてはいいんじゃないか。」
葵さんからブーケを受け取る。
「あ、あの。昨日、言ってたのって…。その…。」
「お前は何も考えなくていいんだよ。」
葵さんは私のおでこを指で弾くと、下へ降りて行ってしまった。時計を見ると、もう開店の時間だった。私も慌てて葵さんの後を追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます