第3話
家に着くと、慎重に紙袋から包みを取り出す。改めて確認すると、本当に元の状態に綺麗に直されていた。箱をそっと棚の上に置く。紙袋を片付けようとした時、底に何か紙入っているのに気がついた。取り出して見ると、プリザーブドフラワーレッスンの体験の案内の紙だった。ふと山瀬さんの顔が思い浮かぶ。レッスンに通ったら、また山瀬さんに会えるかもしれない。そんな邪な気持ちが頭をよぎる。
"すみれといても何も得られないっていうか、刺激がないんだよね。"
今度は竜司君に言われた言葉がふと頭をよぎる。何も言い返せなかったが、本当はすごく悔しかった。彼氏とデートしたことや、友達と話題の場所へ遊びに出かけたことをSNSに頻繁に上げ、周りから見れば、充実した日々を送っているように見えただろう。しかし、いざ現実に目を向けると、自分には何も取り柄がなく、胸を張って言えるような自分の趣味も、目標も夢もなかった。そんな自分を竜司君には見透かされていたのかもしれない。プリザーブドフラワー教室の体験レッスンに参加したら、新しい自分になれるような気がした。勇気を出して、案内に書かれた電話番号に電話をかけてみることにした。
プルルルル…
しばらくコール音が鳴る。
「お電話ありがとうございます。My Little Gardenです。」
落ち着いた男性の声が電話に出た。店で会った山瀬さんの声のようだった。
「あ、あのプリザーブドフラワーレッスンの体験に参加したいのですが。」
「ありがとうございます。教室は定休日の木曜日にやっているのですが、ご都合いかがでしょうか?」
仕事もやる事もなく、いつでも時間はあった。
「はい。大丈夫です。」
「でしたら来週の木曜日の14時頃はいかがですか?」
「大丈夫です。お願いします。」
「かしこまりました。お名前お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「木下すみれです。」
「すみれさん…。今日占いに来ていただいた方ですね。」
「は、はい。今日はありがとうございました。袋に体験の紙が入ってたので…。」
「ありがとうございます。見ていただけたんですね。嬉しいです。では、木曜日にお待ちしてますね。」
電話を切ると、胸がドキドキしているのに気がついた。新しい場所へ新しいことを始めに行くのは久しぶりのことだった。それに加え、山瀬さんに会えるのも楽しみだった。早く来週の木曜が来て欲しくてたまらなかった。
****
ついに、待ちに待った木曜日がやってきた。約束の14時にお店の前に着くと、扉には"close"の看板が掛かっていた。窓を覗くと、レジ前に山瀬さんが立っていた。
「こんにちは。予約していた木下です。」
少し緊張しながら、震える手でお店のドアを開け顔を覗かせる。
「すみれさん。こんにちは。お待ちしてました。」
山瀬さんがにこやかに出迎えてくれた。
「こんにちは。今日はお願いします。」
ペコリと頭を下げる。
「さぁ2階へどうぞ。」
山瀬さんは階段に向かって歩いて行った。先に階段を登りながら、時折後ろを気にして振り向いてくれる。
「レッスンは弟の
「あっそうなんですか…。」
てっきり山瀬さんがレッスンしてくれると思っていた私は、少しがっかりしてしまった。
「葵なんですが、人見知りなのかちょっと無愛想なんです。怒ってるわけじゃないんで気にしないで下さいね。」
階段を先に登る山瀬さんは、そう言いながら振り向くと、少し困ったよう笑った。
「わ、分かりました。」
にこやかな山瀬さんからは、無愛想な弟さんは全く想像出来なかった。
「葵、木下さんがお見えになったよ。」
部屋の扉を開けながら、山瀬さんが声を掛ける。
「わかった。」
部屋の中から返事が聞こえた。たったこの一言だけでも、怒っているような雰囲気が伝わってきた。
「では、こちらの部屋でお願いしますね。」
山瀬さんはにっこりと微笑むと、1階へ降りて行ってしまった。
「こんにちは。」
恐る恐る部屋を除くと、こちらに背を向けて、机に物を並べてる男性がいた。
「こんにちは。弟の葵です。」
「あー!あんたこの前の!」
振り向いた男性の顔を見て思わず指を指してしまった。
指を刺された男性は眉間にシワを寄せる。
「お前だったか…。」
先日ぶつかった性格悪のイケメンが葵さんだった。
「兄弟だったんだ…。だから、どこかで見たことがあると思ったんだ。」
不機嫌そうにこちらを見る葵さんは、兄の山瀬さんと目元がそっくりだった。
「って、山瀬さんにもらった箱を作ったのはあなたってことですか…?」
「まぁな。俺が作ったんだ。いいから座れよ。」
相変わらずムカツク言い方し、イスを指差す。私はしぶしぶイスに座った。
「じゃあ、レッスンを始める。俺のことは葵さんと呼べ。」
そう言うと、偉そうにドカッと私の目の前に座った。
「あ、葵さん?」
唇がヒクヒクと痙攣する。なんて偉そうな態度なんだろうか。
「どう見たって俺のが年上だろ?」
「まぁ、そうですけど…。私、一応お客さんなんですけど?」
たしかに、葵さんは私より5.6歳は年上のようだった。
「この前、お前がぶつかって来なければ、今日は、猫被って営業スタイルだったかもしれないが、今となってはお互い無理な話だろ。素のままで行こうぜ。」
私も今更、葵さんに対する態度は変えれそうにもなかった。
「とりあえずL.M.Sの3つのサイズから一つずつ好きな花を選べ。」
葵さんは、相変わらずムカつく命令口調でプリザーブドフラワーが入った箱を私の前に並べた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます