第2話

「これは…。チューリップの白、失われた愛を表します。」


カードを覗き込むと、白いチューリップが描かれていた。


「どうやらすみれさんは、最近失恋をしてしまったようですね。」


「えっ?先日、付き合っていた人と、別れたんです…。」


山瀬さんに伝えていないことを言い当てられ、驚きが隠せなかった。山瀬さんはそっと真ん中のカードをめくった。


「これはゼラニウムの黄色。予期せぬ出会いを表しています。別れはありましたが、これから新たな出会いがあるようです。それが恋に発達するかはわかりませんが、あなたになんらかの影響を与えるようです。」


「予期せぬ出会い…。」


山瀬さんは、最後のカードをめくる。


「最後は青のバラ。夢は叶うということを表しています。すみれさんの夢は近いうちに叶うようです。悲しい別れはあったようですが、これからは良いことがありそうですよ。」


山瀬さんは笑顔で私に笑いかけた。


「夢は叶う…。」


「まぁ、あくまで占いですけどね。」


山瀬さんは、占いの結果を聞いて考え込む私を心配そうに見つめて言った。


「私、夢とか目標がなくて…。仕事も打ち切りになって、それで私といても刺激がないからって、振られてしまって。だから、私の夢ってなんだろうって。私自分に自信がなくなってしまって…。」


「そんなこと言わないでください。すみれさんにもやりたいことがきっと見つかりますよ。」


「ありがとうございます。でも…。」


「そうだ!これをすみれさんに。」


山瀬さんは小さな箱を私に差し出した。


「え?」


箱の中を覗き込むと、いくつもの花が綺麗に詰められていた。


「わぁ。綺麗。」


あまりの綺麗さに思わず声を上げる。


「これは、本物の花ではなくて、プリザーブドフラワーでアレンジしてあるんですよ。」


「プリザーブドフラワー?」


聞き慣れない名前に首を傾げる。


「美しい花の姿を長く楽しんで頂けるように、本物の花を特殊な液に浸けて、加工した花のことなんですよ。」


「へぇー。初めて聞きました。お花が長く楽しめるって素敵ですね。」


山瀬さんは嬉しそうに頷いた。


「質感はドライフラワーと違って本物の花に近いですが、本物の花のように水やりをしなくても枯れないところがプリザーブドフラワーの良いところなんです。高温多湿なとこや、直射日光が当たるところは避けて置くと、良い状態で長く楽しんで頂けると思いますよ。」


「そうなんですね。すごく気に入りました。あの、これはおいくらですか?あと占いのお会計も…。」


私は慌ててカバンから財布を取り出す。


「占いは僕が趣味でやってるので、お代は頂いてないんです。それに、このプリザーブドフラワーは僕からのプレゼントです。」


「え?いいんですか?」


「もちろん。ちょっと待ってて下さいね。」


柊さんは私の手元から箱を優しく取り上げるとレジに持って行き、何やら作業を始めた。透明のフィルムを取り出すと、手早く箱を包み込み、両サイドにリボンを留めてくれた。そして、優しく紙袋に入れると、私に差し出した。


「はい。どうぞ。」


「あ、ありがとうございます。あの…また来ても良いですか?」


私は勇気を出して聞いてみる。


「もちろん。またいらしてください。もしお店をまた見つけることができれば。」


「え?」


不思議そうな顔をして首を傾げる私に、柊さ優しく微笑み、ドアを開けてくれた。


「ありがとうございました。必ずまた来ます。」


私は柊さんにお辞儀をすると、店を後にした。予期せぬ出会いとは、柊さんとの出会いのことかもしれない。そう考えると、自然と足取りが軽くなった。


「きゃっ。」


夢見心地で歩いていると、前方からきた人に気がつかず、肩がぶつかってしまった。私はバランスを崩し、手に持っていた紙袋を落としてしまった。紙袋は派手な音を立てて地面に転がってしまった。ぶつかった弾みで、相手の荷物も地面に散乱してしまった。


「あっプレゼントが!」


私は慌てて倒れた紙袋を立て直し、中を確認する。落ちた衝撃で花がいくつか箱から出てしまっていた。


「どうしよう…。」


「お前がぼーっとして歩いているのが悪いんだろ。」


ぶつかった男性は落ちてしまった自分の荷物を拾いながら言った。


「そうかも知れないけど…。あなただって避けてくれれば良かったのに…。」


壊れてしまったショックでヘナヘナと地面に座り込む。男性は荷物を拾う手を止め顔をあげる。


「え?」


眉間にシワを寄せた男性は、どこかで会ったことがあるような気がしたが、いくら考えても思い出せなかった。サラサラとした黒髪を風になびかせ、男性は眉間にシワを寄せてこちらを睨んでいた。


「なんだよ。俺の顔に何かついてるか?俺が避けた方にお前が歩いて来なければ、ぶつからなかったのにな。」


男性は呆れたように言った。男性の声にハッと我にかえる。


「す、すみませんでした。」


わざわざ避けてくれたのにも関わらず、自分からぶつかった人に文句を言うなんてお門違いだった。男性の荷物を拾い集めて渡すと、慌てて立ち去ろうとする。


「見せてみろよ。」


「え?」


「紙袋の中身見せてみろよ。直せるかもしれないから。」


男性はぶっきらぼうに言うと、私の手から紙袋を奪い取った。


「ちょ、ちょっと!」


男性は私の声を無視したまま歩き出し、道端のベンチに紙袋を持って行くと中身を取り出した。


「やっぱりな…。」


小さな声で呟くと、ラッピングされたリボンを解き、プリザーブドフラワーが入った箱を取り出してしまった。


「え?何やってるんですか?」


男性から箱を取り戻そうとするが、ヒョイッといとも簡単にかわされてしまう。長身の男性に箱を上に掲げられ、取り戻せそうになかった。


「まぁ。黙って見てろ。直してやるから。」


男性は私に背を向けるとベンチの上で作業し始めた。後ろからそっと覗き込むと、乱暴な言葉遣いとは裏腹に、丁寧な手つきで次々と花をボックスに詰めていった。ものの数分で箱に詰め直すと、透明のフィルムで包み直し、リボンをかけ直す。


「すごい…。本当に元に戻った…。」


驚いている私に男性は紙袋を押し付ける。


「プリザーブドフラワーは繊細な花で、さっきみたいな強い衝撃には弱いんだ。次からちゃんと前見て歩けよな。お前より花のが、かよわいんだよ。」


男性はバカにしたように鼻で笑うと、さっさと歩いて行ってしまった。


「な、なんて人!ちょっとかっこいいからっていい気になって!」


私は立ち去る男性の後ろ姿を睨みつける。紙袋を胸に抱え込み、今度は落とさないように慎重に歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る