第4話
「わぁ綺麗!」
あまりの綺麗さにムカついていたことを忘れて感嘆の声を上げる。ピンク色や赤色に加え、紫色や青色のバラがの机に並べられていた。
「生花の色を抜き、染料で色づけをしているから、生花では見られないカラーバリエーションがあるのもプリザーブドフラワーの特徴だ。それがプリザーブドフラワーの可愛いところだ。」
「え?」
乱暴な口調の葵さんの口から、可愛いと言う言葉が発せられたことに驚いてしまった。
「な、なるほど。じゃあ、このピンクと、この白と、あと淡い黄色にします。」
直感で好きな色のバラを選んだ。
「Lサイズのローズはピンク、Mサイズのローズはオフホワイト、Sサイズのローズは薄めの黄色だな。初めてにしては、色のセンスいいんじゃないか。」
思わぬ褒め言葉に、さらに驚き葵さんの顔を見上げる。葵さんは、じっと見つめる私には目もくれず、説明を淡々と続けた。
「プリザーブドフラワーはこのように、茎はほとんどない。だから、これからこのワイヤーを使って、軸となる茎を作っていく。この作業をワイヤリングと言う。」
「この針金で?」
葵さんから受け取った針金をしげしげと見つめる。長さは30センチくらいはあるだろうか。
「針金ではなく、ワイヤーと呼べ。」
「す、すみません。」
葵さんは、眉間にしわを寄せ、険しい表情で私を睨みつける。Lサイズのローズとワイヤーを手に取ると説明しながら手元を動かす。口調とは裏腹に丁寧で、優しい手つきだった。
「最初はLサイズのローズのワイヤリングからだ。まず、根元の1番太い部分にワイヤーを通し、程よい所まで通したら、茎に沿って左右のワイヤーを曲げ、長さを揃えて切る。長さは使う花器の大きさや用途に合わせて決める。今回はこの花器に合わせて15センチくらいの長さで切るんだ。よし、やってみろ。」
「…。」
「おい!ボーッとしてやる気あんのか?」
葵さんの、花を扱う美しい手つきにに見惚れていた私は、またもや葵さんに睨まれる。
「は、はい!やる気あります!」
見よう見まねでLサイズのローズにワイヤー通そうするが、根元が小さくうまく力を入れることができない。
「真っ直ぐにさせばスッと通るから、でも指を刺さないようにな…。」
「イタッ!」
勢いよくローズの根元を通ったワイヤーが親指に刺さってしまった。
「言うのが遅かったか…。ちょっと待ってろ。」
葵さんはサッと部屋を出ると救急箱を持って戻ってきた。
「そ、そんな大したことないですから。」
慌てて血をティッシュで拭い、葵さんに見せる。
「いいから。」
葵さんは私の手を取ると、傷口に塩消毒液をかける。
「イタッ…。沁みる…。」
「当たり前だろ。じっとしてろよ。」
言葉は乱暴だが、そっと絆創膏を親指に巻きつけてくれた。それはまるで優しく花を扱うような優しい手つきだった。触れた手は温かく、なぜか鼓動が早くなるのを感じた。
「これでよし。慣れれば簡単だから、最初は慎重やれ。」
「は、はい。ありがとうございます。」
高鳴る鼓動を抑えながら、作業を続ける。なんとか、ワイヤーを通し終わると、左右のワイヤーを茎に沿って曲げ、2本を同じ長さでカットした。
「よし。次は、残りのワイヤーを対角線上になるように通し、同じ様に茎に沿わせて曲げたら、同じ長さにカットする。さっきの穴と少しずらさないと、うまく通らないからな。」
相変わらず乱暴な口調だったが、説明は、丁寧で分かりやすかった。
「はい。」
言われた通りに少しずらした位置から、対角線上にワイヤーを刺し、茎に沿って曲げると、長さを揃えてカットした。
「最後に下からワイヤーを茎に通せば、ワイヤリングは完成だ。これをインソーションと言う。花を真上から見たときに、ワイヤーが貫通して見えてしまう時があるが、見えないほうが仕上がりが綺麗だから、気をつけるように。」
言われたように下から茎にワイヤーを通すと、簡単に貫通してしまい、花からワイヤーが突き出てしまった。葵さんの説明を思い出し、ワイヤーを下から引っ張り、少し引っ込めた。
「そして、この緑色のテープ、フローラルテープで根元から下に、ワイヤーが見えないように巻きつければ、茎の出来上がりだ。」
葵さんがローズクルクルと回しながら、根元から下までテープを巻きつけた。
「わぁ。出来た!でも、プリザーブドフラワーって結構手間がかかるんですね。」
出来上がったローズをしげしげと眺める。
「そうだな。でもこれはまだ序盤で、次はMサイズとSサイズのローズのワイヤリングだ。」
葵さんはMサイズのローズを手に取ると、ワイヤリングを始めた。私は葵さんの手元をじっと見つめる。
「Lサイズのローズとワイヤリングの仕方はほぼ同じだが、MとSサイズのローズは、対角線上にワイヤーをクロスはさせず、1本ワイヤーを通し、茎に沿って曲げたら、インソーションをして完成だ。Lサイズは対角線上にクロスさせるからクロスメソッド。M.Sサイズはクロスさせないからピアスメソッドと言う。」
私は、慎重にワイヤーをローズに通す。今度は指を刺さずに通すことができた。茎に沿わせて曲げ、インソーションをする。
「あとは先程と同じようにフローラルテープを巻きつければローズは完成だな。」
テープをローズにくるくると巻きつけ、ローズ3本のワイヤリングが完成した。
「やったー。できた!」
「次はリーフやアジサイなどの小物のワイヤリングだ。」
葵さんはそう言うと、今度はアジサイか入った箱をいくつか取り出した。
「うわぁ。アジサイのプリザーブドフラワーもあるんですね。可愛い。」
思わず箱を手に取りアジサイをじっと見つめる。
「ローズに限らず、ガーベラやカーネーションなど、プリザーブドフラワーにも色んな種類があるからな。じゃあ、アジサイは何色でやるんだ?」
「えっと…。じゃあ、この緑色のアジサイで。」
淡い色のアジサイを指さす。
「淡いグリーンのアジサイだな。いいんじゃないか。俺もお前が選んだローズには、この色が合うと思っていた。」
そう言うと、葵さんの口元が微かに笑ったのに気がついた。一瞬見せた笑顔は山瀬さんにそっくりで、思わず胸がドキンと音を立てる。
「先程のローズに使ったワイヤーより少し柔らかいワイヤーでアジサイをワイヤリングしていく。ワイヤーは太さによって番号が決まっていて、番号が増えるにつれて、細くなっていくんだ。」
葵さんから、先程より細いワイヤーをいくつか受け取る。
「アジサイはツイスティングメソッドというやり方でワイヤリングする。」
葵さんはアジサイを茎から分裂させ、小分けして手に持つと、茎にワイヤーを沿わせて根元で、2.3回巻きつけ、さらに茎の先で2.3回ワイヤー巻きつけた。見よう見まねで私もやってみると、ローズのワイヤーより柔らかいせいか、簡単にワイヤリングすることができた。
「初めてにしては上出来だな。あとは、ローズと同じように上から下にフローラルテープを巻きつければ、アジサイのワイヤリングは完成だ。今回は体験だから、難しい話はこれぐらいにして、今度は花器に挿していくか。リーフとリボンはこちらで用意しといたからな。」
葵さんは緑色のリーフと白色のリボンを机に並べた。細かい作業が続いたが、私はプリザーブドフラワーの魅力にどんどん引き込まれていった。
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