第15話
配達の車が停めてある店の裏へ周ると、葵さんは花を車に積んでいた。積み終わると、葵さんは小さな花器のアレンジメントを持ったまま、運転席に乗り込んだ。
「これ倒れやすいから、お前が持ってろ。」
助手席に座っていると、葵さんが持っていた小さな花器のプリザーブドフラワーを私に押し付ける。
「もしかして、これ持たせるために私を連れてきたんですか?」
「まぁな。」
葵さんは鼻で笑うと車を発車させた。私は膝に葵さんに渡されたアレンジメントを乗せると、倒れないように手で支えた。
「お前、聖と知り合いだったんだな。」
葵さんは意外そうな顔をして私をチラリと見た。
「前に、葵さんたちのお店を褒めてた人がいたって言ってた人ですよ。たしか、名前も行ったんですけど…。」
「あぁ。そういえば、そんなこと言ってたな。まさか、俺の知り合いの聖だとは思わなかったな。あいつは親の仕事の都合でしばらくパリで花の勉強してて、こっちにいなかったからな。」
「聖さんの会社ってプリザーブドフラワーの会社なんですか?」
「そうだ。俺もそこから仕入れさせてもらってる。いずれ聖も継ぐらしいんだが、本人はプリザーブドフラワーを作るより、プリザーブドフラワーでアレンジメントを作るが好きで、前に俺のレッスンを受けていたんだ。」
「だから、師匠って呼んでいたんですね。」
「まぁな。あいつがまだ学生の時から教えてたからな。俺たちの弟みたいな感じだな。」
葵さんは住宅街に入ると、家の前に車を停めた。葵さんと一緒に私も車から降りる。葵さんは後ろから大きな鉢植えを運び出すと、家のチャイムを鳴らした。しばらくすると、年配の女性が出てきた。
「葵さん。もしかして午前中にいらした?ごめんなさいね。急用で出ていたの。」
「大丈夫ですよ。これ、注文された鉢植えです。」
葵さんが持っている鉢植えを見ると、女性は嬉しそうに笑った。葵さんをチラリと見ると、そんな女性を見て、葵さんも嬉しそうに笑っていた。やはり、笑った時の目元は、柊さんにそっくりだった。
「中に運びますね。」
葵さんは女性に案内されて、部屋に鉢植えを運び込む。私たちは女性に挨拶をすると、車に乗り込んだ。
「全然、接客苦手じゃないじゃないですか。」
「何のことだ?」
いつもの眉間にシワを寄せた表情に戻った葵さんは私をジロリと見た。
「柊さんが葵さんは接客が苦手って言ってたので…。」
「あぁ。俺は若い女で、男のことしか考えてない奴が苦手なんだ。」
「男のことしか考えてない奴…。」
暇さえあれば、彼氏に会いたい会いたいと言っていた過去の自分を思い出し、自分に言われているような気がした。
「どうかしたか?」
「いえ…。過去の私は葵さんに嫌がられそうなそんな女だったなと思って…。」
「お前が?」
葵さんは少し驚いた顔をした。
「前はただ仕事をこなして、彼とデートして、暇さえあればデートしたいっていつも言ってました。だから、彼に一緒にいても刺激が得られないって言われて振られてしまって…。」
「なるほど…。でも、今はプリザーブドフラワーがあるだろ?」
葵さんはこちらを見て優しく笑った。葵さんの言葉にハッとする。
「ほら、店についたぞ。」
気がつくと、店の前に戻ってきていた。
「あれ?このプリザーブドフラワーは?お届けしないんですか?」
「ラッピングしてないんだから、荷物なわけないだろ。お前にやるよ。」
「え?」
「今日誕生日なんだろ。」
驚いて葵さんの顔を見上げると、少し照れた、顔をした葵さんがこちらを見ていた。
「あ、ありがとうございます。膝の上に乗せてる時、可愛いアレンジメントだなって思ってたので、すごく嬉しいです。」
ニコニコと葵さんに笑いかける。
「いつまで、こっち見てるんだよ。ほら降りろよ。」
葵さんはいつものように眉間にシワを寄せるの私のおでこを指で軽く突いた。
「はいはい。言われなくても降りますよ。」
私はアレンジメントを落とさないように胸に抱えながら、気をつけて車から降りた。
「俺は車の整理してから店に戻るから先に行ってろ。」
葵さんはジロッと私を見ると、トランクを開けて整理し始めた。私は先に店に戻ることにした。葵さんは私に優しいんだか、厳しいんだかよく分からなかった。でも、時折見せる優しさとても嬉しかった。
「戻りました。」
レジ横で作業している柊さんに声をかける。
「おつかれさま。あれ?そのプリザーブドフラワーどうしたの?」
「葵さんが誕生日プレゼントに作ってくれました。」
「葵が?」
柊さんが信じられないというような顔をする。
「珍しいこともあるもんだな。」
「え?」
柊さんが何か呟いたようだったが声が小さくて何と言ったのか聞き取れなかった。
カランカラン
店のドアのベルが鳴り、ドアが開いた。
「いらっしゃいませ。」
ドアを開けて入ってきた女性は不思議そうな顔をして店を見渡している。今朝の男性のように偶然、迷い込んで来たようだった。
「こんにちは。何かお探しですか?」
柊さんは優しく微笑みながら女性に近づく。
「あ、あの助けて下さい!」
女性は柊さんに気がつくと、いきなり抱きついて泣き始めてしまった。
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