第13話

「よし。水揚げ作業は終わったな。あとは店内を少し整えれば開店だな。」


「あれ?水揚げしたお花はどこに行ったんですか?」


辺りを見渡すと水揚げした花はいつのまにか無くなり、空のダンボールだけが床に散らばっていた。


「花は長く持つように温度を調整した部屋に入れておくんだ。」


葵さんが指差した方を見ると、大きな扉がある部屋に柊さんが花を運び入れていた。アルブルでも使っている業務用の大きな冷蔵庫のようだった。


「ダンボールを片付けたら、店の鉢植えに水やり頼めるか?」


葵さんは床に散らばっているダンボールを集めながら言った。


「わかりました。」


私も葵さんとダンボールを片付け始めた。時計を見ると9時45分だった。開店までにあと15分しかなかった。ダンボールを片付け終わり、ジョウロを持って店内に戻ると、柊さんがガラス張りのショーケースに花を補充していた。


「外にも鉢植えがあるから、ついでに水やりお願いしてもいいかな?」


「はい。わかりました。」


店内をくまなく歩き周り、水をやり終わると、ちょうど10時になっていた。


「じゃあ、お店開けるね。」


柊さんは次々とブラインドを上げていった。


「あの、私はどうすれば?」


「今日は生花のアレンジは俺がやるから、すみれちゃんはレジにいてもらおうかな。レジは打てる?」


レジを見ると、アルブルで使っているレジとほとんど同じ機能だった。


「店で使ってるのと同じみたいですから、大丈夫そうです。」


「よかった。じゃあ値段はその都度伝えるから今日はレジお願いするね。」


「わかりました。あの葵さんは?」


店内を見渡しても葵さんの姿が見当たらなかった。


「葵は配達に行ってるよ。」


「配達?」


「贈り物のアレンジや、店に飾るアレンジとかお供えのアレンジとか、毎日いろんな生花の注文があって配達もしてるんだよ。いつも葵の担当なんだ。」


「お花屋さんって店で花束を作ることだけじゃなくて、やることがたくさんあるんですね。」


「そうだね。もちろん花束も作るけど、それは仕事のほんの一部のことだね。ちょっと作業場に行ってくるから、お客さん来たら声掛けてね。」


柊さんはお花を持って作業場へ行ってしまった。柊さんが花を補充していたショーケースを見ると、色とりどりの花が綺麗に陳列されていた。ふと、ショーケースの外に筒のバケツに入れられた花が残っているのに気がついた。ショーケースを覗くと、丁度一箇所空いている部分があった。お花を長く持たせるために、温度を調節した場所に保管すると言っていた葵さんの言葉を思い出す。作業場を覗いてみるが、柊さんの姿は見当たらなかった。とりあえず、柊さんが戻ってくる間、ショーケースの中に花をしまうことにした。ショーケースを開け、花の入った筒を持ち上げる。花がいっぱい挿さっているうえに、水の重さがプラスされ、思っていたより重さを感じた。1つぐらいならまだしも、ショーケースいっぱいに花を陳列する作業は女性だとかなり重労働だと想像がついた。


「あれ?花出しっ放しだった?」


なんとかショーケースに運び終えると柊さんが戻ってきた。


「外に1つ出ていたので。ここで大丈夫でしたか?」


「大丈夫だよ。ありがとう。結構重かったでしょ?」


「はい。重かったです。お花屋さんって女性の方が多いイメージですけど、結構な重労働ですね。」


「そうなんだよ。バケツに花と水が入ってると結構重いんだよね。花屋さんって華やかなイメージだけど、重労働なとこも結構多いんだ。」


「私、一日だけで、筋肉痛になりそうです。」


二の腕を軽く叩くと既に腕がパンパンだった。


「あはは。女の子は特にそうだよね。徐々に力がついてくると思うけどね。」


カランカラン


店のドアに付いているベルが鳴った。


「いらっしゃいませ。」


柊さんが笑顔でお客さんを迎える。


「いらっしゃいませ。」


私も遅れて柊さんの後に続いて言葉をかける。不思議そうに店を見渡しながら、男性が店に入ってきた。辺りをキョロキョロと見渡し、何かを探しているようだった。


「何かお探しですか?」


柊さんは穏やかに話しかける。


「女性に贈り物をしたいのですが、どんなのがいいのかわからなくて…。」


男性は頭をかきながら恥ずかしそうに言った。


「そうなんですね。でしたら、花束はいかがでしょうか?」


「花束か…。今まで贈ったことがないから良いかもしれない。」


「かしこまりました。ご予算と女性の雰囲気を教えて頂けますか?」


柊さんはショーケースの前に男性を案内すると、男性の話に耳を傾けていた。しばらくすると、ショーケースを開いて花をいくつか取り出して男性に見せる。ものの数分で花を選び終わると、レジ横の作業スペースに花を置き、手早く花束を作り始めた。鮮やかな手つきで花束にしていく様子に男性客と私はしばらく魅了されていた。


「こんな感じでどうでしょうか。」


ピンクや赤の薔薇やカーネションをふんだんに使った花束は華やかでとても綺麗だった。


「うん。彼女のイメージにぴったりだ。」


男性は嬉しそうに花束を覗き込んだ。しかし、すぐに不安そうな表情になる。


「でも…。うまく渡せるか心配だな。実はプロポーズをしようと思っていて…。そうだ!表の看板に花占いやってるって書いてあったんだけど、彼女との未来を占ってもらえるかな?」


「かしこまりました。」


柊さんはアンティーク調の花柄のカードを取り出して、手早く切り始める。私の時と同じように扇型に広げると、伏せて男性に差し出した。


「では、彼女との未来を思い描いて1枚引いてください。」


男性は真ん中からカードを1枚引き抜くと、柊さんに渡した。柊さんはカードを受け取るとそっと机の上で表に返した。


「これは、ピンクのチューリップですね。愛の芽生えを表しています。きっと彼女は、喜んでくれますよ。」


柊さんは優しく微笑んだ。


「ありがとう。なんだか大丈夫な気がしてきたよ。気がついたらこの店の前に来ていて、試しに入ってみて正解だったよ。」


男性はお会計を済ませると、花束を大事そうに抱え、笑顔で店を出て行った。


「今日はカード1枚だけだったんですね。」


「うん。占うことが明確で1つの場合は、カード1枚で占うことにしているんだ。」


「そうなんですね。あのお客さんは偶然、店に辿り着いた感じでしたね。私も偶然お店のパンフレットが飛ばされて来て、この店に来たんです。」


「ふふ。そうだね。実はパンフレットはかなり前に作ったもので、今は置いてないんだ。だから、すみれちゃんが持ってきた時は驚いたよ。」


柊さんが肩をすくめる。


「え?そうなんですか?じゃあどこから飛んで来たんだろう…。」


「すみれちゃん何かに導かれてきたんだろうね。」


「私も?」


柊さんの言葉に首を傾げる。


「ああやってお客さんの力に少しでもなれると嬉しいな。お客さんが笑顔で花束を受け取ってくれた時が1番嬉しくて、ここで働いていて良かったって思う瞬間なんだ。」


「花屋さんはみんなを笑顔にする素敵な仕事ですね。私、男性に花束をプレゼントされたことがないので、相手の方がうらやましいです。」


「そうなの?」


柊さんは驚いた顔をして私を見る。


「じゃあ、俺が第1号になろうかな。すみれちゃんの誕生日に花をプレゼントするよ。誕生日いつ?」


「え?」


柊さんは私を見つめて優しく微笑んだ。思わず胸がドキンと音を立てた。











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