第12話
「おはようございます。」
「おはよう。」
店の前を柊さんが掃き掃除していた。
「レジの横にエプロン置いてあるからそれ使ってね。」
「今日から、よろしくお願いします。あのこれアルブルのケーキ持ってきたんです。兄が持って行けってうるさくて…。」
「ありがとう。葵喜ぶよ。」
柊さんは嬉しそうにケーキを受け取った。
「これ、家の冷蔵庫に置いてくるよ。すみれちゃんも店の中に入って。」
「あの、お家ってお店の中なんですか?」
「そうだよ。3階建になっていて、3階が俺たちの生活スペースなんだ。」
改めて建物を見上げると、今まで気がつかなかったが、屋根のすぐ下にも窓があり、もう一部屋あることに気がついた。
柊さんは店に入ると、階段を上がって行った。店の裏側にある作業場を除くと、葵さんの後ろ姿が見えた。
レジの横に綺麗に折りたたまれたエプロンを手に取り、身につけながら葵さんの方へ向かった。
「おはようございます。」
「おう。来たな。早速だけど、柊に変わって、店の掃除頼めるか?」
「わかりました。」
私は店の表へ出て、柊さんが置いていったホウキとチリトリを使って掃除を始めた。しばらくすると、柊さんが戻ってきた。
「掃除してくれてたんだ。ありがとう。」
「柊さんの掃除した後だったので、そんなにゴミはなかったです。」
「じゃあ、次は店内の掃除頼めるかな?棚や机を拭いてもらうのと、床を掃いてもらえるかな?雑巾とかは作業場にあるから。」
「わかりました。」
作業場から掃除道具を見つけ、床を掃いていると、柊さんは店内に置いてある鉢植えを店の外に並べ始めた。
「開店前にやることたくさんあるんですね。」
「そうなんだ。しかも今日は9時頃には市場から生花が届くからさらに忙しくなるよ。」
「生花が市場から?」
「そうそう。あらかじめ発注しておいた生花がトラック運ばれてくるんだ。」
「そうなんですね。花屋さんに並んでるお花がどこから来るかなんて考えたこともなかったです。」
「あはは。まぁそうだよね。花は市場で仕入れてくるんだよ。」
「兄貴!トラック来たぞ。」
葵さんが作業場から顔を出した。
「じゃあ、すみれちゃんも掃除終わったら手伝いに来てくれる?」
柊さんは小走りで作業場へ行ってしまった。作業場には、外に続く裏口があり、そこからトラックを出迎えるようだった。まだよく分からないが、なにやら忙しくなりそうな雰囲気だった。手早く拭き掃除を済ませると、私も裏口へ走って行った。作業場のスペースには、既にダンボールが積み上げられ、葵さんたちが急いでダンボールを裏口から中へ運び入れていた。
「軽いやつでいいから運んでくれ。」
葵さんが真冬にもかかわらず、汗を拭いながら私に声をかける
「は、はい。」
2人の邪魔にならないように、小さめダンボールを持ち上げる。見た目によらず意外と重かったが、なんとか1人で運べそうだった。モタモタしているうちに2人はどんどんダンボールを店に運び込んでいった。結局、3つ目を運んでいるうちに、2人に全部運ばれてしまった。
「次は水揚げの作業をするぞ。」
葵さんはバケツに水を汲みながら言った。
「水揚げ作業?」
「花瓶に花を挿すときに、茎を斜めに切ったりしないか?」
「あぁ。花が長持ちするように切りますね。水揚げってそのことなんですね!」
「そうだ。水の中で茎を斜めに切るんだ。茎の導管を潰さないために、一気にスパッと切ることを心がけてくれ。1本ずつやってると日が暮れちまうから、こうやって、数本まとめてやるんだ。」
葵さんは花を一掴み手に取ると、バケツの中で、一気にきり落とした。私もダンボールを開くと花を手に取り、同じようにハサミをいれてみる。
「あれ?」
葵さんのように一気に切ることができず、まばらに切れてしまった。
「ちょっと量が多かったかな。最初は少しずつ切るとうまくいくかもね。」
柊さんは私の手元を覗き込んで言った。
「そっか…。次は少なくして、やってみます。」
少なめを手に取り、一気に切り落とす。切る量は少なくなってしまったが、綺麗に斜めに切り落とすことができた。
「いいんじゃないか。水揚げした花は、水を入れた筒型のバケツに入れてくれ。」
今度は葵さんが手元を覗き込んで言った。
「はい。わかりました。」
少しでも2人の力になろうと、切る量が少ない分、なるべく手早くやるように心掛けた。なんとか1箱終え、次の箱を開けると、ピンクの薔薇が入っていた。
「イタッ!」
薔薇の棘が指に刺さり、針で刺したような鋭い痛みがはしった。
「すみれちゃん大丈夫?薔薇は棘があるから軍手を使って。言うの遅くなっちゃってごめんね。」
柊さんが軍手を渡してくれる。
「あと、これを使って棘を取ってから水揚げするんだよ。」
柊さんは先端がL字に折れ曲がった大きなピンセットとのような器具を手に取ると、薔薇の茎の3分の2辺りを挟むと茎に沿わせてしごいていった。
「ほら、こうやって棘を落としていくんだ。力強く握ると茎が傷ついてしまうから、そんなに力を入れなくても大丈夫だよ。持ち手の部分だけ棘を取ってるから、だいたいこんな感じかな。」
「わかりました。やってみます。」
柊さんに器具を借りて、薔薇の棘の処理を始めた。ピーラーで皮を剥くような感覚だった。
「うん。そんな感じかな。お花は早く水揚げしてあげないといけないから、なるべく手早く棘を取ってね。」
「わかりました。」
私は素早く手を動かし、棘取りに集中した。横からスッと手が伸びてきて、作業台に積み上げてある棘の処理が終わった薔薇を、葵さんが掴み取った。
「俺が水揚げしておくから。寒いから手が冷たいだろう。」
「あ、ありがとうございます…。」
冷たい水の中での水揚げ作業は、手がかじかんでとてもつらい作業だった。葵さんの手を見るとあまりの冷たさで真っ赤になっていた。柊さんの手もチラリと見ると同じように真っ赤になっていた。
「あと少しですから、私も水揚げ作業します。」
作業台を見ると、ダンボールはあと数個で空になりそうだった。2人の手を見ると、私だけやらないわけにはいかなかった。残りのダンボールを開け、相変わらず量は少ないが少しずつ水揚げ作業を続けた。
「そうか。でも、初日からあんまり無理するなよ。」
葵さんがボソリと言った。
「え?」
言葉はいつも乱暴だが、葵さんのさりげない優しさに驚いた。
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